隠されたチェルノブイリ原発事故後の火災 命かけ鎮火した消防司令の遺族が鳴らす警鐘

2021年5月12日 13時00分
 旧ソ連のチェルノブイリ原発事故のわずか1カ月後、第2の惨事を招きかねない火災があった。当時の政府の隠蔽姿勢が災いし、今でも知る人は少ない。消火の際に被ばくし、殉職した消防司令の妻から話を聞いた。(モスクワ州チェルノブイリ殉職者墓地で、小柳悠志)

◆高線量の現場、簡易マスクで出動

4月26日、ウラジーミル氏の墓に参った娘マリアさん(右から2人目)と妻リュドミラさん(同3人目)=小柳悠志撮影

 チェルノブイリ事故から35年を迎えた4月下旬、モスクワ近郊の墓地に赤い花が積み上がった。ここに眠るのは、事故直後のチェルノブイリに出張し、300人余りの緊急消防隊を指揮したウラジーミル・マクシムチュク内務省少将(1947~94年)。妻は詩人・画家のリュドミラさん(73)だ。

チェルノブイリで消防司令だったウラジーミル・マクシムチュク氏と妻リュドミラさん=リュドミラさん提供

 1986年5月22日、4月に爆発した4号機近くで火災が起きた。火が燃え広がれば、収束作業で使うポンプが使えなくなる。燃料油に引火し、爆発する恐れもあった。原発全体の制御が失われれば、4月を上回る惨事となる。
 火災現場は急性障害を引き起こすほどの高い放射線量。消防隊には簡易マスクしかなかったが、ウラジーミル氏は出動を決めた。当時の部下アレクサンドル・グドコフさん(64)によれば、5月の火災以前に消防士6人が亡くなっていた。
 ウラジーミル氏は火災現場に張り付き、部下には被ばくを抑えるため短時間での交代を命じた。鎮火まで1日がかり。火災について外部に漏らすことは事実上禁じられた。ソ連政府が収束作業が進んでいるように見せるため、5月火災を隠したためだ。4号機爆発で世界から批判を受け、体制の動揺を防ぐのに必死だった。

◆没後に「ロシア英雄」の称号

 収束のため命を投げ出したウラジーミル氏。がんに冒されながらも、死の間際までモスクワ消防の職をまっとうした。娘のマリアさん(44)は「父は1分も無駄にせず生きた」と追憶する。ソ連崩壊前後から5月火災への対応を評価する声が上がり、プーチン大統領は没後のウラジーミル氏に「ロシア英雄」の称号を贈ることを決定。消防行政トップのセルゲイ・ショイグ氏(現国防相)が遺族に称号を伝達した。
 マリアさんは、父の命を奪った原発について、直接の評価は避けつつ「人は科学技術に頼るあまり、逆に科学の奴隷になっているのでは」とだけ答えた。

◆福島第一原発事故の前年の詩

4月26日、ウラジーミル氏の墓の横に立つリュドミラさん=小柳悠志撮影

 一方、夫を失った悲しみを詩にしてきたリュドミラさん。福島第一原発事故直前の10年には「チェルノブイリの弔鐘ちょうしょう」と題した詩を制作。当時の世界的な原発建設ラッシュにあらがい世に警告を発している。
 「おとなしい原子力」と呼ばれたが/核の蜂起に出くわした/服従の身より放たれし/原子力は御しがたし/わき出る放射線は/自然を生きながらに焼き尽くす/(中略)/チェルノブイリの弔鐘よ/その音は大地を覆う/鳴りやまず

◆原発性能を過大評価、事故の備え薄く

 なぜチェルノブイリ事故は起き、消防士を含む多数の収束作業員が命を落とす事態になったのか。ロシア政府は、この4月に発表した報告書で、ソ連が自国の原発性能を過大評価し、米国スリーマイル島原発事故(1979年)など外国での事故に関心を払わなかったことが一因と分析している。

1986年4月に爆発したチェルノブイリ原発4号機=同原発提供

 ウラジーミル氏が残した日誌には、チェルノブイリ出張に際し、収束作業の機材は外国から取り寄せる必要があるとの記載がみられる。ソ連で、原発事故への備えがなかったことを示す証拠の一つといえる。
 当時の最高指導者ゴルバチョフ氏は自著で「たった一つの原子炉のために(過酷な)事故が起きた。多くの核兵器が解き放たれたら、人類にどのような被害が及ぶかをチェルノブイリは見せつけた」とつづった。
 チェルノブイリ事故はソ連が体制変革や核政策の見直しを行う転機に。ゴルバチョフ氏はグラスノスチ(情報公開)を進め、核軍縮に向けた中距離核戦力(INF)廃棄条約を米国との間で締結した。

チェルノブイリ原発事故 1986年4月26日未明、旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原発4号機が爆発、隣接するベラルーシやロシアなど広範囲に放射性物質が降り注いだ。事故の国際評価尺度は福島第一原発事故と並ぶ最悪のレベル7。運転に関わる人的ミスと原発の構造的欠陥が重なったとされる。収束作業には80万人が参加。放射線の影響による犠牲者は数千~数十万人と諸説ある。

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