<炎上考>弱々しい被害者を描くことで女性を消費…従来型の痴漢撲滅ポスターから脱却を 吉良智子

2021年5月13日 06時00分
エブチュラム真理栄(@beauty_dor)さんのツイートより

エブチュラム真理栄(@beauty_dor)さんのツイートより

  • エブチュラム真理栄(@beauty_dor)さんのツイートより
 痴漢撲滅のポスターと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。ほおを赤らめ恥ずかしげに被害を訴える女性の顔か、それとも小首をかしげて困惑する姿か…。多くのポスターはそんな女性像を描く。まるで被害に遭うのは女性の「恥」や「落ち度」であるかのように。そして加害者を責める代わりに、「気をつけて」と被害者の自衛を促す。純潔規範は長年女性を苦しめてきたが、さらにそれを強化するのだ。
 昨年、そんなステレオタイプを覆すポスターが出現した。モデルの女性は羞恥するどころか、眉根を寄せて憤怒している。右側には「見て見ぬふりしないで/これはみんなの問題です。」との文字。さらに「痴漢は性暴力だから!/痴漢は男女の問題ではありません/加害者VS社会の問題です/社会の一員として、一緒に性犯罪の撲滅を」と書かれている。たとえ痴漢をしなくても、被害を見過ごすのは性犯罪に加担するのと同じだというメッセージを発信している。
 実はこのポスターは公的機関が作ったものではない。作者は、細さを理想としないプラスサイズモデルの仕事をする女性。「自衛を求めるようなポスターばかりでウンザリ」したのをきっかけに独自に作り、ツイッターに投稿したという。
 最も大きなポイントはポスターの女性の視線。こちらをまっすぐ見据えている。美術やメディアで表現される女性像といえば、伏し目がちだったり、ぼんやりどこかを眺めていたり。こちらに視線をよこさないものが多い。なぜなら、「見ること」は「個人としての自立した意思を持つこと」を意味するからだ。見られる側であるはずのモデルが意見や主張など始めたら、見る側は安心して「消費」できない。
 痴漢撲滅のポスターでさえ、弱々しい被害者を描くことで女性を消費しようとする意図が働いている。その理由は、それだけ多くの人間が女性を客体化することに慣れきってしまっているからだと思う。このポスターの画像はネットで広く拡散され、称賛を集めた。ぜひどこかの公的機関が採用してほしいものだ。

 きら・ともこ 美術史・ジェンダー史研究者

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