<新お道具箱 万華鏡>狂言「蚊相撲」の面、装束 蚊に変身 手近な素材で

2021年5月14日 07時40分

蚊の精がつける「うそふき」の面を持つ大藏吉次郎。面には「くちばし」がつけられている

 伝統芸能に欠かせない道具のあれこれを紹介している田村民子さんの「お道具箱万華鏡」。五月からは装いも新たにパワーアップします。リニューアル第一弾は、暑くなってくると動きが活発になる、あの生き物にまつわるお話を…。
 プーン…。今年もまた蚊の羽音が気になる季節が近づいてきた。小さな虫なのに、いつもやられてばかりだ。そんな忌々(いまいま)しい蚊をユーモラスに擬人化した狂言がある。「蚊相撲(かずもう)」だ。

国立能楽堂公演 狂言「蚊相撲」(1997年6月29日)。相撲好きの大名(右)(大藏吉次郎)、太郎冠者(中)に扇であおがれ、よろめく蚊の精(国立能楽堂提供)

 蚊は人間が演じるのだが、着ぐるみを着るわけでもないのに、ひと目でそれとわかる姿で登場する。どう変身するのか。国立能楽堂(東京・千駄ケ谷)の道具を見せてもらいながら、大蔵流狂言方の大藏吉次郎さんに話をきいた。
 まず「蚊相撲」のあらすじから。相撲好きの大名が、相撲取りを雇いたいという。そこで、家来が相撲取りを連れてくる。実は、それが蚊の精なのだ。
 成り行きで、自分が相撲を取ることになった大名。ばっと組み合った途端、目がクルクル回り、あっという間に負けてしまう。なにしろ相手は大きな蚊の精。ちゅーっと血を吸われたら、たまったもんじゃない。
 「大名が負けて、クラクラするところ。ここが、一番の見せ場ですね」と、吉次郎さんは上品にククッと笑う。
 蚊の武器ともいうべき口もとの針は、狂言では「くちばし」という。
 「割り箸を芯にして紙で作ります。面の口にいい角度で刺さるように、太さや形を調整しながらね」

割り箸を芯にして「くちばし」を作る

 確かに、すぼまった口のところに穴があいている。
 「面は、『うそふき』という種類。『うそ』というのは、嘘(うそ)じゃなくて、口笛のことなんですよ」

「うそふき」の面(国立能楽堂所蔵)。すぼまった口、ぎょろりとした目が特徴

 面白いのが蚊の羽根の表現。透けた感じのある装束を羽根に見立ててまとう。
 「素材は麻ですが、使い込むとヨレヨレになるんです。それで、パリッとさせるために糊付(のりづ)けをするんですよ」
 えー!? ご自分たちで?
 「そう、刷毛(はけ)で裏から塗って、きれいにたたんで。その上にゴザを敷いてね、麦踏みみたいに、体重をかけて足で踏むんです。それで最後は陰干し」
 この装束は、縷水衣(よりみずごろも)という。波のようなうねりのある美しい布地で、張屋(はりや)の専門職人が、櫛(くし)のような道具を使って、手で掻(か)き寄せるようにして仕上げる。その製作現場を訪ねたことがあるが、現在、それができる人は一人しかいないという。

「縷水衣」の布地

 さて、蚊との相撲の話に戻ろう。大名は一計を案じて、最後はめでたく勝利する。「くちばし」を狙うのだが、どんな手を使ったかは、見てのお楽しみ。(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)

◆公演情報

<狂言「蚊相撲」> 五月二十九日、東京・千駄ケ谷の国立能楽堂特別公演で上演予定。大藏吉次郎はシテの大名を演じる。太郎冠者は大藏基誠、蚊の精は善竹大二郎。
 ほかに、能「半蔀(はしとみ) 立花(りっか)」(シテ 大坪喜美雄)、能「鷺(さぎ)」(シテ 野村四郎)。
 国立劇場チケットセンター=(電)0570・07・9900。

◆取材後記

 このところ能装束の製作現場に頻繁に足を運んでいるので、つい装束に目がいってしまう。私たちは機械で織られた大量生産の洋服に慣れてしまっているが、能装束はほとんど手織り、手作業でつくられる。布地ひとつとっても、多くの手間と時間がかかっている。
 そうした貴重な装束をどんなふうに管理しているのか前から気になっていたので、麻の糊付けの話は興味深かった。また、きれいに装束をたたむ大切さを何度も言われていたことも印象に残った。 (田村民子)

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