凧の空中戦 からっ風が身にしみる

2019年10月6日 02時00分

稲毛海浜公園「いなげの浜」では、市民が自作の凧を揚げる「新春市民凧あげ大会」が新春恒例の行事になっている=千葉市美浜区で

 冬の千葉は毎日よく晴れた。でも房総半島とはちがって幕張、検見川、稲毛などの沿岸地帯はさしたる山がないせいか、からっ風が吹くとかなり寒かった。海からの風よりも陸を走る風がけっこう冷たく、晴れて陽(ひ)のあるうちはともかく、遅い午後になると陸から海にむかって吹く風は油断できなかった。
 昼間は海側から風が吹き、夕方が近づくと陸から海側にむかって吹く。それを「海風」「陸風」といってこういう沿岸地帯独特の現象だ、ということをその頃、理科の授業で知った。教科書に書いてあるような自然現象に見舞われる土地なのだ、ということを知ってなんだか自慢したかった。
 よく晴れた日曜日などは母に布団干しを命じられた。家の庭は百坪ほどあり垣根と生け垣にかこまれていたが、そこに干すことはできなかった。垣根には蔓生(まんせい)の植物がたくさんとりまいており、生け垣は布団を干すと草から湿気を吸うから駄目、という理由だった。
 仕方がないので梯子(はしご)をつかって屋根の上に布団をならべた。一人では大変なので弟に手伝わせたが、体が小さいのでたいして役にたたず、結局ぼくがその仕事の大部分をやらねばならなかった。
 家族の布団を全部屋根に並べるのは無理で半分ずつにした。翌週の日曜日が晴れないと先おくりになるけれど、そうなると誰のまで干したのかもうわからなくなってしまった。
 屋根の上に干した布団の上は寝そべるのにちょうどよく、家の中にいると母親がまた何か用をいいつけるので、それから逃れる上でもこれほど気持ちのいい場所はなかった。
 時々友達が遊びにやってきた。友達は屋根の上に寝ているぼくに気がつかないから、庭からぼくを呼ぶ。ぼくはしらばっくれて少しだまってじっとしていた。でもそれで帰ってしまわれると困るので、布団の端をすこしめくって声色を変えて「コリャコリャ何の用かな」なんて、紙芝居の親父(おやじ)の声をまねしてよびかけると、友達は最初のうちはどこから聞こえてくるのかわからず右や左をキョロキョロしているのを見ているのがまたたいへん面白かった。
 その頃ぼくたちは近くにある中学校の校庭に遊びに行くことが多かった。
 冬のあいだはやっていたのはなんといっても飛行機凧(だこ)で、これは文房具屋で売っている細い木の棒を三角形を基本に組み立てて、表に障子紙を張る。全体のバランスが難しかったけれど、先端部分にタコ糸をくくりつけて、吹いてくる風にうまく乗るように何度も調節する。その苦労のかいあって向かい風に全体がのると、タコ糸の続くかぎりするすると冬の青空にむかって延びていって、もうまったく歓声をあげたくなるほどカッコよかった。
 たんなる凧とちがって風にのると糸をひく力がけっこう強く、ときどき友達の飛行機凧と空中戦などやるときがあり、それに勝つと人生の勝利だ!などと思ったものだ。 (作家)

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