息づく日本の原風景 『心の歌よ! 日本人の「故郷」を求めて』 国際ジャーナリスト・伊藤千尋さん(71)

2021年5月16日 07時00分
 長く歌い継がれている歌はなぜ人々の琴線に触れ、魂を揺さぶるのか。その背景にあるものを探ろうと、歌の舞台となった地に足を運び、誕生のルーツを丹念に追った。考古学者さながら、埋もれていた事実を発掘するたびに「一つ一つの歌が宝物のように輝いて見えてきた」と振り返る。
 童謡「赤とんぼ」を作詞した三木露風。五歳で生き別れた母の死を七十二歳の時に知らされ、懇願して亡きがらに一晩添い寝した。作曲の山田耕筰も少年時代に両親と死別している。「赤とんぼ」は米軍立川基地の拡張に反対する砂川闘争(一九五六年)で警官隊と対峙(たいじ)する学生、農民らが斉唱した。相手を人間的な気持ちに戻すことが狙いだったことを、当時の闘争幹部の証言で突き止めた。
 「一人の人間として、これからどう生きるべきか。そんなことを考えるきっかけにしてくれる歌です」
 ♪兎(うさぎ)追いし かの山…と歌い出す唱歌「故郷(ふるさと)」。高野辰之が故郷の長野県永江村(現・中野市)の原風景を基に作詞した。冬のタンパク源を確保するため、大正時代まで村の恒例行事だった「兎追い」。岡野貞一による賛美歌を想起させるゆったりした曲調。日本人が望郷の念にかられるのは「二人の身体の中に日本の自然が息づいているからこそ」と分析する。
 登場するのは、他に「かあさんの歌」「瀬戸の花嫁」「北国の春」「ゴンドラの唄」「桜」「茶摘」など計二十一曲。興味の向くまま「歌の探偵」として東奔西走。「一つの歌に人間模様、時代、社会、国民性が凝縮されていることを実感できた」と手応えを語る。
 大学では混声合唱団に所属し、テノールのパートリーダーで活躍。最初に出合った歌がロマ民族を描いた「流浪の民」。その実態を知ろうと、大学の仲間と探検隊を組織して東欧に飛んだ経験を持つ。新聞社時代には世界八十二カ国を取材し、現地の多彩な歌に接してきた。収集した民族楽器は百を超え、歌への思いの深さは人後に落ちない。
 本作の一連の取材で、自然とのつながりを日本人が大切にしてきたことを肌で感じ、この国の良さを再認識したという。「だからこそ、その大切な自然を今、自らの手で破壊していることに怒りがわいてきます」
 十五日に『こうして生まれた日本の歌』が発売。九月刊行の『歌から見える世界』で三部作が完結する。
 新日本出版社・一七六〇円。 (安田信博)

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