真 東京03探検隊 アドミュージアム東京 「江戸から現代まで。日本の広告史とは!?」

2021年5月26日 12時02分

オッサンズからの卒業を目指し、お笑いトリオ“東京03”が未知なる世界の扉を開く!

アラフィフのお笑いトリオ「東京03」のメンバーが、これまでのこだわりを捨て去り、新たな価値観に触れながら“立派な紳士”への道を目指す人気の連載!
未知なる世界を体験するため、東京03探検隊が新たな冒険の旅へと旅立ちます!
普段の生活の中で、なにげなく目にしている“広告”。テレビCM、チラシ、ポスター、雑誌と種類は多岐に渡りますが、そのルーツはなんと江戸時代にまでさかのぼります。“江戸の広告ってナニ?”“いつテレビCMは生まれたの?”。そんなギモンを解決してくれる、日本で唯一の広告専門ミュージアムが都内にあるということなので、潜入してみることに。東京03探検隊が、知られざる日本の広告の歴史に迫ります!!

今回の取材の裏側をこちらの動画でご覧いただけます。これからも「真東京03探検隊」取材の様子をご覧になりたい方は、ぜひYouTube『東京新聞チャンネル』に登録してください!

いざ、世界的にも稀な広告ミュージアムへ!


というわけで訪れたのは、港区のカレッタ汐留にある「アドミュージアム東京」。2002年にオープンした施設には、江戸時代から現代にかけてのありとあらゆる広告関連資料が所蔵されており、その数はなんと約33万点!! さっそく、入ってみましょう。
館内に入ってすぐ、足を止める3人。
飯塚隊員「大きなスクリーンがあるよ。ドットの文字で“お父さん”。なんだろう?」
スクリーンを眺めていると、続くフレーズが映し出されます。
角田隊員「“お父さん、ごめんね。『駅近』より『彼近』を選んじゃいました”だって。なるほどねー、キャッチコピーか。なんだかちょっと切なくなりますな(笑)」
「このスクリーンでは、名作と言われている広告のキャッチコピーや、昔の有名な広告をランダムで流しています」と教えてくれたのは今回の案内人、学芸員の敦賀タッカーさん。
豊本隊員「へーなるほど。ほんとだ、いろいろ流れてくるね」
角田隊員「これは見たことある! いや~、懐かしいね~」
飯塚隊員「まだ入口だけど、すでにここでずっと見ていられるな(笑)」
案内人に導かれ、巨大スクリーンの先にある常設展フロアへ。2017年に全面リニューアルした館内は、白を基調にしたシンプルモダンなデザイン。天井も高く、誰でも気軽に立ち寄りやすい、明るくてオープンな空間になっています。

江戸時代の広告って、どんなもの?

敦賀タッカーさん
「常設展では、江戸から現代までの広告関連資料を各時代に分けて展示しています」
角田隊員「江戸ー!? 広告って江戸時代からあったの?」
敦賀タッカーさん
「奈良時代やさらに昔からあったともいわれていますが、マーケティングの形での広告活動は江戸時代から始まったとされています」
飯塚隊員「マーケティングとは、わかりやすくいうと?」
敦賀タッカーさん
「簡単にいうと、どうすればモノやサービスをより多くの人に届けられるか、知ってもらえるかというものですね。つまり、売れる仕組み作りです」
飯塚隊員「なるほど。今のテレビCMもそういったものですもんね」
展示されている江戸時代の貴重な広告物。シブいですね~。右上の錦絵(木版画の浮世絵)には、新デザインの着物を来た3人の女性が描かれており、これを配って流行のファッションを発信していたそうです。江戸の町では錦絵も、広告の役割を果たしていたんですね。
文字がびっしり書かれている右下の展示物は“引札”。現在のチラシや折込広告のようなもので、これを大量に配ってお店の宣伝をしていました。
敦賀タッカーさん
「マーケティングとしての広告活動を初めて行ったとされているのが、現在の三越の前身である越後屋の創業者、三井高利。彼も引札をおおいに活用していました」
飯塚隊員「越後屋って、あの時代劇に出てくる越後屋?」
角田隊員「おぬしも悪よのう。ハッハッハ。やっぱり悪い人が始めるんだな~」
飯塚隊員「いやいや違う違う。あれはあくまでテレビの架空の設定だから(笑)」
敦賀タッカーさん
「実は今では当たり前なんですけども、モノをみんなに同一の値段で売る“正札販売”という手法を最初に始めたのも三井高利といわれています。この引札にはその内容が書かれているんです」
飯塚隊員「えっ!?それじゃあ、いままでは?時価?」
敦賀タッカーさん
「どうでしょうね(笑)。当時は掛け売りが一般的で、値段も顧客によって違っていました」
豊本隊員「へー、定価のはじまりなんて考えたこともなかったね」
角田隊員「これも越後屋かー。やっぱり悪いなー」
飯塚隊員「いやいや全然悪くない、むしろ素晴らしいだろ。しつこいぞ!(笑)」
敦賀タッカーさん
「上を見てみてください。掛けてあるのは江戸時代の実物の看板です」
角田隊員「え、まじ?実物!?」
飯塚隊員「これはめちゃめちゃ貴重なものなんじゃないですか!」
豊本隊員「すごい綺麗だな。形もわかりやすい」
飯塚隊員「えーと、あれは鍵屋さんでしょ。それで櫛屋、筆屋…」
敦賀タッカーさん
「一番左のものはなにか分かりますか?」
飯塚隊員「“ちぬれ”って書いてあるの?」
角田隊員「鎌とお椀の絵も描かれてるね。なんだろう?」
敦賀タッカーさん
「これは“はいれ”と書いてありまして。鎌と椀で“かま・わん”」
飯塚隊員「“かまわん、はいれ”。え、ダジャレ!?はー」
豊本隊員「えらい上から言われてるね(笑)」
敦賀タッカーさん
「“営業してますよ”ってことですね。江戸の頃はシャレとか粋なものをすごく大事にしていたので、こういった謎かけ看板も多く見られたようです」
角田隊員「“かづら”って書かれてるのもあるね。かつら屋だ」
飯塚隊員「江戸時代からかつらってあったんだ。上は剃ってるから、どこら辺がかつらなんだろう(笑)」
豊本隊員「これは、双六ですか?」
敦賀タッカーさん
「正解! 絵双六といいまして、江戸の人気店や名物などがズラリと描かれています。紹介されているお店は制作費の補助なども協力していたようですよ」
飯塚隊員「へー。今のタイアップ広告の原型のようなものですね。でも双六って子供が遊ぶものでしょ?」
敦賀タッカーさん
「江戸時代は庶民の娯楽として、大人も子供も双六で遊んでいました」
角田隊員「なるほど。広告は時代の文化も映しているわけですね」

西洋の文化の影響を受け、どんどんハイカラになる広告物

江戸の広告文化を学んだあとは、明治から大正、昭和、平成と、時代を下るように展示フロアを進んでいきます。時系列に沿って広告物が並んでいるので、時代ごとの違いが一目でわかるのもおもしろいですね。
敦賀タッカーさん
「明治時代になると、文明開化によって西洋から入ってきた最新の技術を国内で紹介するために、いろんな博覧会が催されるようになります。これは上野公園で開催された“東京勧業博覧会”の時の錦絵。描かれているのは今でいう、ウォータースライダーのようなものですね」
飯塚隊員「なにこれ。すげー!。こんなものも博覧会で展示されていたんだ。高さとかもしっかり書いてある」
豊本隊員「でもベルトも何もないよ。危なくない?」
敦賀タッカーさん
「こうして海の向こうからいろんな文化が入ってくるなかで、新たなメディアも誕生しました。それが新聞と雑誌。」
角田隊員「ここで新聞の登場だ。江戸時代にはなかったんだ」
敦賀タッカーさん
「はい。広告という言葉が初めて誕生したのも明治時代に入ってからです」
時代が進むにつれて欧米文化の影響はどんどん拡大し、明治の終わりから大正の始まりにかけては、印刷技術の発展によって大判ポスターが次々と誕生。アール・ヌーボーやアール・デコといった欧米の美術様式の流行もあり、日本の広告デザインはどんどん洗練されていきます。
飯塚隊員「色鮮やかだなー。なんかさっきの江戸時代のものと比べるとずっとおしゃれになったね。これも外国からの影響なのかな」
角田隊員「あ、出ましたよ三越、越後屋。この頃はもう三越の名になってんだね」
なぜか、しつこく越後屋に反応する角田隊員。飯塚隊員もツッコむのをやめてしまったようです。
敦賀タッカーさん
「そうして広告産業はどんどん発展を遂げていたのですが、残念ながら昭和に入って第二次世界大戦が始まってしまいます。これはその頃の駅弁の包み紙なのですが、なにか文字が書いてありますよね?」
豊本隊員「“欲しがりません、勝つまでは”って書いてある。有名なスローガンですよね」
敦賀タッカーさん
「そうなんです。戦時中は国策に協力する“献納広告”が増え、日常生活の隅々にまでプロパガンダが入り込んでいました。ですから、戦時中は“広告の冬の時代”といわれているんです」

飯塚隊員「なるほどねー。嫌な時代になってきましたね」

戦後復興の時代に入り、ついにテレビが登場!

戦後間もない1951年に民放ラジオが、1953年には民放テレビ局が初めて誕生。そして高度経済成長期を迎えた日本ではテレビの時代が幕を開けます。
飯塚隊員「わー、ここからいよいよテレビの時代だー」
敦賀タッカーさん
「1959年に、皇太子さまご成婚の様子がテレビで放映されました。それを機に、一気にテレビが普及したといわれています。世帯普及率は90%近くまでに達したとか」
飯塚隊員「へー、東京オリンピックじゃないんですね」
テレビ型モニターに流れている、なにやらとってもレトロな映像。
敦賀タッカーさん
「実はこれ、国内で初めて放送されたテレビCMなんです」
角田隊員「え、すごい!! これはどこの会社の?」
敦賀タッカーさん
「服部時計店、現在のセイコーですね。テレビが人々の生活の中に瞬く間に根付いたことで、これまでの広告業界は一変。みなさんにとって一番馴染みのあるテレビCMが、どんどん制作されるようになります」
モニターに次々と映し出される昔の名作CMに見入る隊員たち。アラフィフの彼らの心をくすぐるものも多く、ちょっとしたCM鑑賞会がスタートしました。
角田隊員「あっ、ヤン坊マー坊だ!」
飯塚隊員「2人あわせてヤンマーだ~♪ あれ?ちょっと歌詞が違う(笑)」
豊本隊員「昭和34年放送って書いてあるよ。僕らが生まれるよりずっと前の初期のものだね」
続いては牧瀬里穂さんのJR東海クリスマス・エクスプレスのCM。盛り上がった3人は、パチパチパチと拍手。
角田隊員「これねー。牧瀬さん、やっぱりかわいいっす!」
飯塚隊員「でた、ピッカピカの一年生!これは特に覚えてるわ!」
角田隊員「名作ぞろいじゃない、ちょっと!」
豊本隊員「いやー、やっぱり懐かしいCMは見入っちゃうよねー」
懐かしがりっぱなしの隊員たち。足元に根が生えたように、モニターの前から動こうとしません。

敦賀タッカーさん
「あのー、お取込み中のところすみません。話を続けても良いですか?(笑)」
飯塚隊員「はっ!すいません。ついつい童心にかえってしまっていました」
敦賀タッカーさん
「いえいえ。それで、経済が発展して人々が豊かさを享受するようにつれて、広告の在り方も変わっていきます。モノを売るのはもちろん、人々に新たな価値観を発信する役割も担うようになるんです」
敦賀タッカーさん
「例えば、1970年代に国鉄が行った旅行キャンペーン“ディスカバー・ジャパン”の広告では、“美しい日本と私”をキャッチコピーに、みんなで旅行に出かける新しいライフスタイルを提案しています。モノがだんだんと飽和状態になっていく高度経済成長期のなかで、広告はただ伝えるだけでなく、人の感性に訴えて、新しい価値観やライフスタイルをリードする存在になっていきました」
飯塚隊員「なるほどねー。広告はデザインだけでなく、その意味も時代とともに変わってきたんですね」
敦賀タッカーさん
「まさにその通りです。そしてインターネットが普及した現代は、広告の受け手、つまり見る側もメディアの時代。多くの人がSNSなどで情報を発信しているのは、まさにその象徴ですよね。」

館内には広告を視覚的、感覚的に楽しめるブースも

ここまでひと通り、日本の広告史をたどってきた隊員たち。
そして今度は、フロアの中央にぶら下がっている不思議な形をしたオブジェにおもむろに近づきます。
豊本隊員「さっきから気になってたんだよなー、これ。なんだろう?」
敦賀タッカーさん
「 “4つのきもち”というコンパクトな視聴ブースです。人の心を動かしてきた名作CMを厳選し、“元気が出る”“心が温まる”“びっくりする”“考えさせられる”の4つのテーマにカテゴライズしています」
豊本隊員「なるほど。びっくりしたければびっくりCMのブースに入ればいいわけだ」
飯塚隊員「あ、これは覚えてるわ、東京海上火災保険のCM。ビリヤード台の上に人がいるやつ。よくできてたよね~」
角田隊員「視覚的に楽しめるから、これまであまり広告に興味がなかったっていう人にもいいかもね」
次は、1950年代から現代までのテレビCM、ポスターなどを大型タッチ式モニターで紹介するデジタルテーブルへ。
敦賀タッカーさん
「ここには約2300点のCMが入っています。感覚的に気になったものを見てもらいたいので、特にカテゴリ分けなどはしていません。流れてくるサムネイルをタッチするだけ。年代別に選べるので、例えば飯塚さんの生まれた年とかはどうですか」
飯塚隊員「えーと、僕と角ちゃんが1973年だから~。あった。ポチッ」
モニターに、数々のCMのサムネイルが流れてきます。
飯塚隊員「おー! んー、まあ…。よく考えれば、生まれた年のCMだから見覚えはないよね(笑)」
角田隊員「いや、なんか覚えてる気がするぞ」
飯塚隊員「ほんとに?赤ちゃんだよ(笑) 懐かしいCM特集とかで見たんじゃない?」
豊本隊員「やっぱり学生時代の頃のものが一番懐かしいんじゃないかな」
飯塚隊員「じゃあ、80年代のものか。あった、ポチッ。わー、いっぱい出てきた」
角田隊員「あ、これは覚えてる、覚えてる! この曲とか。何のCMだったっけな~」
飯塚隊員「あ、これ懐かし~。角ちゃん、このCM知ってる?」
角田隊員「ん~、知らないかな」
飯塚隊員「うそだー。いや、見てみれば分かるよ」
またもや、懐かしのCMで盛り上がりはじめる隊員たち。
豊本隊員「やっぱり覚えているものが多いからおもしろいね~」
敦賀タッカーさん
「ここまでが常設展の展示物。もっといろいろ知りたい、調べたいという方には、ライブラリも利用してもらっています」
豊本隊員「ライブラリまであるんだ。至れり尽くせりですね」
敦賀タッカーさん
「はい。マーケティングや広告の専門書を、外の書庫と合わせて約3万冊揃えています。データベースでは当館所蔵の広告資料の検索もできますよ」

「あー、これもあった、あった」と、CM年鑑を手に談笑する隊員たち。
豊本隊員「見てこれ。楽譜が書いてあるよ」
角田隊員「ほんとだ。きっとCMのテーマソングでしょう」
こちらの呼びかけにも気づかず、書籍を熟読する飯塚隊員。ミュージアムを見学し終えて、すっかり広告の魅力にハマったようですね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
これにて、日本の広告史をたどる知的な時間は終了。ひと言に広告といっても、社会的背景を映していたり、時代を下るにつれて役割が変化したりと、本当に奥が深いですね。敦賀タッカーさんの分かりやすい解説のおかげで見聞を深めることができた東京03探検隊の3人は、少しは立派な紳士に近づけたのではないでしょうか。
また、今回は常設展フロアを中心にめぐりましたが、定期的に展示物が入れ替わる企画展フロアには国内・海外の最先端の広告作品が展示されているので、こちらも要チェックです。
さらにこのミュージアム、これだけのボリュームでなんと入場は無料! 驚きですね~。広告に興味がある人も、あまり想像がつかないという人もぜひ一度、足を運んでみてください!
取材協力/アドミュージアム東京
広告業界の発展に尽力した電通の第4代社長・吉田秀雄氏の遺志を受け継いだ(公財)吉田秀雄記念事業財団が運営するミュージアム。江戸時代から現代まで約33万点もの広告資料を所蔵しており、広告の社会的・文化的価値を楽しく、分かりやすく学ぶことができる。

アドミュージアム東京
住所:東京都港区東新橋 1-8-2 カレッタ汐留
TEL:03-6218-2500
営業時間:11:00ー18:00※2021年5月現在、12:00ー16:00の短縮営業中
定休日:月・日曜休
公式ホームページ
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