アメリカによみがえる「黄禍論」 アジア系差別の背景にあるものは
2021年5月16日 06時00分
◇遠い融和 狙われるアジア系(上)
◆道を歩けないほどの恐怖
「助けて。周りは中国人だらけ」。米国で新型コロナウイルスの感染拡大が始まる直前の昨年2月、南部ジョージア州アトランタから西部ロサンゼルスに向かう機中。中国系で同州立大准教授のロザリンド・チョウさん(43)は、前に座った白人女性が携帯電話を高くかざして、通路を隔てた隣のアジア系男性の顔をバックに自撮りしながら、こうメールを打つのを目の当たりにした。
「また歴史が繰り返されるのか」。チョウさんはがくぜんとした。中国人労働者の移住を禁ずる19世紀末の中国人排斥法、第2次世界大戦中の日系人の強制収容など、ヒステリーと恐怖の渦にのみ込まれた白人らがアジア系を抑圧する「黄禍論」の歴史がよみがえったからだ。
「これまでと違うのは、国の最高指導者(トランプ前大統領)が率先して新型ウイルスを中国ウイルスと呼び、差別を助長したことだ。道を歩きたくなくなるほどあからさまな脅威を感じるのは私自身、初めてだった」とチョウさん。
◆アジア系は今も「外国人」
その後アジア系に対する差別や暴力は広がり続け、カリフォルニア州立大サンバーナディーノ校の「憎悪・過激主義研究センター」によると、主要16都市で昨年起きた憎悪犯罪は一昨年の約2.5倍に増えた。
差別の根底にあるのは、アジア系をいまだに「外国人」と決めつけ、遠ざけようとする空気だ。例えば、多くのアジア系は「どこの出身か」と聞かれることにへきえきする。「ニューヨーク出身だ」などと答えると、相手がけげんな顔をするからだ。
アジア系排斥の歴史が広く国民に知られていないことも、差別が繰り返される要因とされる。人権団体「全米日系市民協会」特別研究員でフィリピン系と中国系の血を引くシャイアン・チェンさん(24)は、大学に入るまで日系人強制収容についてほとんど知らなかった。「フィリピン系にも米国に植民地化された歴史がある。市民が広く米国史を学び、地域社会で共有していくことが重要だ」と訴える。
◆トランプ氏の爪痕の深さ
バイデン大統領はその点を意識しているようだ。今年2月、日系人約12万人の強制収容につながったルーズベルト大統領による大統領令から79年を迎えた声明で、強制収容を「不道徳的で違憲」「根深い人種差別、外国人嫌い、移民排斥の帰結」と、強く非難した。アジア系への差別や暴力の多発が念頭にあったのは明らかだ。
ただその後も暴力の連鎖は断てず、3月にはアトランタでアジア系女性6人が銃撃され死亡する事件が起きた。アジア系の人権団体「ストップ・AAPI・ヘイト」によると、昨年3月19日から12月末までに報告されたアジア系への差別や憎悪犯罪は計4193件。今年は3月末の段階ですでに2410件に上る。トランプ氏が残した爪痕はそれほど大きい。
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米国でアジア系に対する中傷や暴力が絶えない。なぜ今、標的にされるのか。繰り返される差別の背景と課題を探った。(前アメリカ総局・岩田仲弘)
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