大人も子供も夢中 入場料10円のプロレス放映

2017年10月8日 02時00分

力道山の空手チョップ攻撃にのけぞる外国人レスラー

 ぼくが小学校五、六年の頃、日本はプロレス人気に沸いていた。力道山が巨大な外国人レスラーを空手チョップでバカバカ倒すのを見て狂乱していたのだ。ぼくの記憶の中では確かシャープ兄弟といった。毎週金曜日の夜八時から一時間のテレビ放映があって、その日は夕方ごろからわくわくそわそわしていた。でもテレビは非常に高額な高級品だったから、家で持っている人はほとんど限られていた。
 その頃、京成幕張駅のそばに岡田電気店というのがあって、金曜日の八時になると、ショーウインドーの中のテレビを道路に向けてみんなが見られるようにしてくれた。でもそのテレビは箱の中に入っておらず、ブラウン管とかその周辺の真空管とかなにやら複雑な映像装置の部品がむき出しだった。
 たぶん岡田電気店の経営者、もしくはその関係者が手作りしたものだろう。ブラウン管がほぼ円形に近いのが不思議だったけれど、何はともあれ、ぼくたちは一時間ぐらい前からそのショーウインドーの前に集まって、試合の中継が始まるのを興奮と期待にはちきれそうになりながら待っていたものだ。
 試合は、力道山門下生らしい若い日本人レスラー同士が、短い時間、前座そのものという役割で戦い、もうそれだけでぼくたちはどっちが技をかけても拍手や歓声などで盛り上がっていた。
 もうその当時からプロレスのスポンサーは三菱電機だったと思うが、いよいよメインイベントになる前に、三菱電機の掃除機がリングに登場し、それでマットをくまなくそうじしていた。だからぼくたちはプロレスの試合というのは、みんなそうするものだと思い込んでいた。力道山が出てくるメインイベントともなると、まわりに会社帰りの大人たちが取り囲んでいて、三十人くらいの人だかりになっていた。
 記憶はちょっとおぼろで、その当時だけの現象だと思うのだが、海岸に並んでいる海の家の一つが、電気店のテレビより、もうちょっと大きくて立派な受像機を置き、入場料十円をとって見せていた時期があるのを覚えている。百人くらいは軽く入れるスペースであり、土地柄、気の荒い沿岸漁師なども観客の中に大勢いたから、ひとつひとつの技が決まると、手をたたいたり足でどんどん床を打ちつけたりするので、電気店の丸い画面よりもはるかに迫力を持って見ていた記憶がある。
 ただし岡田電気店と違って、屈強な男たちがテレビの前のほうに陣取り、ビールや焼酎などを飲んでいたから、どうも観客のほうも危険になっていて、子供らは横のほうや後ろのほうでのぞき見るようにしていた。
 あれは何年ぐらい続いたのか記憶はおぼろだが、よく考えると、民放のテレビ放映といえども入場料をくまなくとるというのは何かに違反していたのではないかと今になると思うのだが、まあ、あれもこれもひっくるめて大人や子供が一緒に楽しめる黄金の時間ではあった。 (作家)

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