幕張少年マサイ族 椎名誠著

2021年5月23日 07時00分

◆昭和の「海ガキ」っぷり全開
[評]嵐山光三郎(作家)

 椎名誠は六月には七十七歳になるが「朝焼けの青春」をしょっているオトコである。
 地球の果てまで辺境の地を流浪して「哀愁の海に波が飛ぶのだ」と確認して、ふと少年時代をふり返った。六歳から十九歳までは、千葉県幕張で愉快な日々をすごす「海ガキ」であった。
 浜に出てハマグリを掘り、カレイやアカエイをつかまえた。潮干狩りの「貝掘り券」を売る「浜番」から逃げた。手製の「下駄スケート」で滑る。薄くなった下駄に戸グルマつけて、キュルキュルと音をたてて走った。煙突のある景色。長い煙突のてっぺんに登って、町を騒がすオッサンがおりました。セスナ機が飛んできて、たくさんの宣伝ビラを播(ま)く。このシーンは高校時代の同級生沢野ひとしが挿絵を描いている。全編にわたる沢野画は気合がはいっている。知人のカメラを借りて撮影した鉄道工事写真もあり、盛りだくさんだ。
 日光写真、なつかしいなあ。ソースだぼだぼコロッケパン、小学校の校庭では夜の映画会。昭和の昔ばなしを書きつづるうちに思いがけない出来ごとのカタマリがごそっと押し寄せる。神社のキモだめし、大晦日(みそか)の夜にくるブキミな虚無僧が尺八を吹く。
 幕張の海はどんどん埋め立てられ、赤土の上に草が生えていった。そのころのヨロコビは出前のラーメンを食べることだった。入場料十円のプロレステレビ劇場。
 幕張メッセ以前の風景が出てくるわ出てくるわ、シーナ少年劇場である。花見川をはさんで隣町のガキと石投げ合戦。何度も闘った検見川の番長が木刀を持ってきた。夜の川辺で対決し、船の櫂(かい)を使って退治した。パトカーに囲まれて警察官に追われたが浜へ出て泳いで逃げた。初めて白状する乱闘劇の真相。武器よさらば。幕張ヘミングウェイの額に残る傷はこんな程度じゃなかったろうが、もう時効ですな。
 ケニアとタンザニア国境のマサイ族は槍(やり)を持って怖いですよ。「幕張少年マサイ族」とはこれまた痛快タイトル賞ものだ。
(東京新聞・1540円)
1944年東京都生まれ。作家。『本の雑誌』初代編集長。著書に『岳物語』など。

◆もう1冊 

椎名誠著『麦の道』(集英社文庫)。同じ著者の自伝的熱血青春小説。

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