出版と権力 講談社と野間家の一一〇年 魚住昭著

2021年5月23日 07時00分

◆忖度なし 社史にない裏面も
[評]長岡義幸(出版ジャーナリスト)

 講談社のオーナーである野間家一族の経営姿勢を語るとき、「君臨すれども統治せず」という惹句(じゃっく)がつきまとう。本書を読むと、まったくの神話だったことがわかる。
 創業者の野間清治は野心家を地で行くような人物であった。「燃ゆる功名心」をたぎらせ、東京帝大の書記をしながら講談をベースにした雑誌『雄弁』を創刊。その成功のもと「道徳を広める」ために出版専業となり、雑誌市場全体の七割を占める販売部数を達成する。「宣伝狂」を自認し、お金があればなりふり構わず宣伝につぎ込むマーケティング志向には、進取の精神もくみ取ることができた。
 中興の祖ともいえる四代目の省一は、公職追放仮指定のため一時期社長を退き、復帰後は「勘に頼らない科学的経営スタイル」をつくり上げていった。同社は一九八〇年代、出版社の先陣を切って全国の書店から売れ行きデータを集めるPOSシステムを構築し、販売予測に徹底活用した。その源流がここにあった。
 こう書くと同社が自社礼賛のために出した“正史”と誤解されるかもしれない。だが、忖度(そんたく)抜きに裏面も描く。
 出版統制を指揮した内閣情報部の鈴木庫三陸軍中佐との関係はただならない。鈴木に連なる者らを多額の報酬とともに同社の顧問団として受け入れ、誌面に関与させていたことを明らかにした。社内に取り込まなかったことを以(もっ)て軍部の要求を呑(の)まなかったという、当時の役員らのご都合主義にも触れた。
 興味深かったのは、出版販売の根幹たる取次との利益配分がどう決まったのか、意外な経緯を明かしたことだ。
 これらは五九年刊行の社史のために集められ、差し障る部分は伏せられていた百五十冊にも及ぶ証言集に拠ったものだ。長らく秘されていた証言が世に出たのは、同社の現役役員らの後押しがあったからだった。さらに著者は、近年刊行された差別扇動的なヘイト本も強く批判する。
 「権力」との関係を顧みつつ、出版史の欠落を補った、講談社にとっても著者にとっても会心の作と言えそうだ。
(講談社・3850円)
1951年生まれ。フリージャーナリスト。著書『野中広務 差別と権力』など。

◆もう1冊 

ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会編『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』(ころから)

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