<カジュアル美術館>腕を組んですわるサルタンバンク パブロ・ピカソ アーティゾン美術館

2021年5月23日 07時04分
 日本でも知名度が高く、芸術家の代名詞ともなっているパブロ・ピカソ(一八八一〜一九七三年)。ただ、その印象は人さまざまだろう。キュービスムやシュールレアリスムなど次々に作風を変え、絵画のほかに彫刻や陶器も手掛けた。常に新しい表現に挑み続けた巨匠の人生は、時代によって多様な彩りを見せる。
 「腕を組んですわるサルタンバンク」は、そんなピカソの豊潤な魅力を伝える名作の一つ。古代ギリシャ彫刻のような端正な顔立ちで、堂々と腰掛ける男性。難解なイメージがあれば、「意外と普通の絵」に映るかもしれないが、無論ただの肖像画ではない。
 描かれたのは、「新古典主義の時代」と呼ばれる時期。事物を幾何学的な断面に分け、モザイクのように重ね合わせるなどして絵画史に革命を起こした「キュービスムの時代」の後に当たる。西洋美術の古典美を追究しつつ、新たな絵画理論を組み入れることを模索した。平面的ながら、洗練されて迫力ある色彩の腕の描写などからはキュービスムの様式がみてとれる。
 サルタンバンクとは、縁日などで即興の芸を披露する大道芸人。生活が比較的安定しているサーカスのピエロなどと異なり、少人数で各地を放浪する。その姿に、地元スペインを出てパリで極貧生活を送った自らを投影したと考えられ、キュービスム以前の若き日の「バラ色の時代」によく描いたモチーフだ。ただ、本作にかつて漂っていた哀愁はなく、代わりに気高い人間の矜持(きょうじ)を感じさせる。ピカソ自身の変化も象徴的に表れていると言える。
 よく見ると、男性の右隣に人物の輪郭線が残っているのが分かる。当初は女性像が描かれていたようで、モデルが妻ではなかったため、途中で消されたとの説もある。ピカソは恋多き天才だった。
 二十世紀を代表するピアニストのウラディーミル・ホロヴィッツ(一九〇三〜八九年)が所有していたことも見逃せない。ウクライナ出身のホロヴィッツはロシア革命や戦争の影響で、若くして母国を去り、欧州を回って米国へ。ピカソ同様、放浪するサルタンバンクへの思い入れがあったのかもしれない。
 アーティゾン美術館の新畑泰秀学芸課長は「最高峰の音楽家として、共通する芸術性の高さを感じ取ったのでは。愛(め)でながら、音楽のインスピレーションの源にしていたのだろう」と推測する。
 ホロヴィッツのほか、自動車のクライスラー一族のガービッシュ夫妻ら錚々(そうそう)たるコレクターを経て、一九八〇年に同美術館を運営する石橋財団が購入した。既に所有していた「女の顔」も同じ二三年の作品で、前身のブリヂストン美術館の開館記念展(五二年)のポスターになった、コレクションの「顔」。同時期に描かれた男女の名作がそろって、日本で鑑賞できるのはありがたい。
◆みる アーティゾン美術館(東京都中央区)は、JR東京、東京メトロ京橋、日本橋各駅から徒歩約5分。問い合わせはハローダイヤル=電050(5541)8600=へ。「腕を組んですわるサルタンバンク」と「女の顔」は9月5日までの展覧会「STEPS AHEAD」で展示中。開館時間は午前10時〜午後6時(入館は5時半まで)。月曜と8月10日休館(8月9日は開館)。日時指定予約制で入館料はウェブ予約券1200円、予約に空きがある場合の当日券1500円。大学・高校生は予約すれば無料、中学生以下は予約不要で無料。
 文・清水祐樹
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