人と生き物つなげ 山崎充哲さん死去 「おさかなポスト」創設、本紙連載も

2021年5月24日 10時51分

山崎充哲さん

 飼えなくなった観賞魚を多摩川に捨てられないよう保護しているNPO法人「おさかなポストの会」創設者の山崎充哲(みつあき)さんが六日、膵臓(すいぞう)がんのため、川崎市多摩区の自宅で亡くなった。六十二歳だった。(安田栄治)
 多摩区出身の山崎さんは、子どものころ毎日のように遊んだ多摩川の自然を愛した。近年、外来魚が繁殖し「タマゾン川」とも呼ばれるようになった多摩川の生態系を守るため、二〇〇五年に川べりに設置したいけすを「おさかなポスト」として開放。飼えなくなった観賞魚やカメなどを保護し、新たな引き取り先を探す活動を始めた。傷付いた魚は治療し、死ねば必ず墓をつくってきた。
 自然環境調査の会社を経営するかたわら、「ふれあい移動水族館」と称してコイやカメなどさまざまな生き物を幼稚園や小学校に運び、子どもたちに触れさせて命の大切さを伝えた。
 一四年三月〜一五年十二月まで東京新聞川崎版でコラム「山崎充哲の多摩川ノート」も連載。豊かな自然が残る多摩川のさまざまな姿を紹介した。
 一九年夏に膵臓がんを告知され、抗がん剤治療後に手術を受け、回復に向かっていたが昨年秋に再発。再手術後に在宅治療に切り替えていた。闘病中も講演会を行うなど自然とかかわる意欲は衰えなかったが、六日未明に妻の和代さん(59)、長女愛柚香(あゆか)さん(28)、次女穂垂(ほたる)さん(23)に見守られながら他界した。
 「体の大きな子どものような人で頑固でしたが、人に力を与えることにたけていました」と和代さん。父親の活動を引き継ぐ愛柚香さんは「子どものころに移動水族館を訪れた人が親になり、子どもを連れて来てくれる。父がしてきた人と生き物をつなげる事業を私なりに味付けして守っていきたい」と話している。コロナ禍が収束後に「お別れ会」を実施する予定。

遺影を前に、山崎さんの思い出を語る妻の和代さん(右)と長女愛柚香さん=多摩区で


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