下町の変遷 見守り90年 都心への玄関口 東武・浅草駅

2021年5月25日 07時05分

開業90周年を迎える東武鉄道浅草駅

 東武鉄道浅草駅が今日、開業九十周年を迎える。浅草寺に近く、開業当時、東京随一のにぎわいがあった浅草のシンボルは、一九三一年五月二十五日、関東初の本格的な百貨店併設のターミナルビルとして開業。以来九十年間、東京大空襲の戦禍、戦後の復興、外国人観光客の増加、新型コロナの影響など、移りゆく浅草の街を見守ってきた。
 駅ビルは、当時の社長の「繁華街浅草の象徴となり得るような立派な駅ビルを」との指示で、地上七階、地下一階、外装はアールデコ調のモダンな造りとなり、デパートの松屋が入った。二階に直接東武線が乗り入れる形は、当時としては画期的だった。
 ターミナルビルとしては阪急の大阪梅田駅直結の阪急百貨店を上回り日本一の広さを誇った。「関東大震災からの復興のシンボルとして誕生しました。隅田川の対岸からは巨大な船が浮かんでいるようだったそうです」と浅草駅の佐藤和之駅長(58)は話す。

特急りょうもう(左)などが止まる浅草駅のホームで話す佐藤和之駅長

 浅草駅は、もともと隅田川を挟んだ東側、現在の「とうきょうスカイツリー駅」(旧業平橋駅)だったことはあまり知られていない。一九二三年の関東大震災後、東武鉄道は悲願だった都心への進出を図ろうと、隅田川に鉄橋を渡して国鉄(現JR)上野駅までの延伸を狙った。しかし地下鉄が浅草−新橋間に計画されていたので、現在の浅草駅までしか認可されなかった。この結果、浅草駅は埼玉や栃木、群馬など北関東方面への始発駅となり、「都心への玄関口」として沿線の人たちが特別な思い入れを抱く駅になった。

1934年当時の浅草駅。手前は隅田川、奥に浅草寺が見える(東武鉄道提供)

 「東武鉄道大追跡」の著書があるライターの岸田法眼さん(44)は「浅草駅には華やかさと下町情緒がある。時代の流れに振り回されず、九十年間同じ駅舎が続いて親しまれているのは奇跡的だ」と魅力を話す。
 駅の特徴は、隅田川にかかる橋から、ほぼ直角に駅構内に入ってくる急カーブ。制限速度は時速十五キロで慎重に駅構内に列車が出入りする。東京大空襲では、ビル内部や停車していた車両が焼失する大被害を受けたが、焦土と化した下町とともに復興し、改修工事を重ねて現在は開業当時の姿になっている。
 昨年、隅田川の鉄橋に歩道「すみだリバーウォーク」が誕生。浅草と約一キロ先の東京スカイツリーの二大観光拠点を結び、観光客の回遊性を高めた。
 佐藤駅長は「十年後の開業百周年に向けて、下町ならではの粋なおもてなしでお客さまをお迎えしたい」と話し、コロナ収束と一日も早く浅草ににぎわいが戻ることを願った。
1931年5月25日 浅草駅(旧・浅草雷門駅)開業
    同11月1日 松屋浅草店(旧・浅草支店)開業
  45年3月10日 東京大空襲で内部焼失
    同10月1日 浅草雷門駅を浅草駅に改称
   2012年5月 開業当時の外装にリニューアル
  21年5月25日 浅草駅開業90周年

着物スタイルで切符を売る浅草雷門駅(現在の浅草駅)の女性従業員(東武鉄道提供)

 文・長竹祐子/写真・由木直子
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード

PR情報