「気づいたら盗んでいた」…クレプトマニア(窃盗症)の苦しみ語り更生誓う

2021年5月26日 06時00分
万引の被害に遭ったホームセンター=東京都世田谷区で

万引の被害に遭ったホームセンター=東京都世田谷区で

<法廷の雫>


 東京地裁の小さな法廷で3月、白いセーターを着た被告の女性(73)が、証言台の前の長女をうつろな表情で見つめていた。
 女性が裁判にかけられたのは4回目。今回は昨年7月、東京都世田谷区のホームセンターで万引をしたとして常習累犯窃盗罪に問われた。逮捕後、万引を繰り返してしまう精神疾患「クレプトマニア(窃盗症)」と診断されていた。
 弁護人「お母さんが窃盗症だとは気づかなかったのですか」
 長女「そんな病気があるとは知らず、ずっと『万引を繰り返すなんてあり得ない』と思っていました。今は理解できる。一緒に乗り越えたい」
 夫とは死別した。長女が独立し一人暮らししていた2009年、最初の万引で執行猶予付きの有罪判決を受けた。再度の万引で12年、実刑となり服役。出所後、長女が監督も兼ねて同居するようになった。
 16年に再び万引で実刑になった際の裁判でも長女は証人として出廷し、「母に一人で買い物に行かせない」と約束していた。17年に出所した後は、二人で週1回、買い物に行く生活を続けていた。

◆「店に申し訳ない」

 昨年7月、女性は一人でホームセンターにいた。自宅で飼っているダックスフント用の衣類やえさ、乾電池など33点(計約3万2000円相当)をカートからレジ袋に移し、そのまま店の外に出たところを保安員に見とがめられた。
 長女の証人尋問後、女性の被告人質問があった。
 弁護人「なぜ一人で買い物に行ったんですか」
 被告「トイレットペーパーが切れたので、買わなきゃと思ったんです」
 弁護人「犬のえさなどを盗んだ理由は」
 被告「気づいたら手にしていて…。店に申し訳ない。また悪いことをしてしまい、悔やんでいます」
 女性が自身を窃盗症と初めて疑ったのは今回の逮捕後。保釈中に偶然見たテレビ番組で女子マラソンの元選手が、万引の衝動を抑えられない窃盗症の苦しみを涙ながらに語っていた。
 私と同じだ―。今年1月、精神科で窃盗症と診断され、2月に入院。患者同士で自身の体験を語り合ったり、克服に向けて意見交換するなどした。法廷では「同じ病気の人が相手だと、本当のことを話すことができた」と語った。
 2週間後の判決公判。裁判官は「被害品の数も額も多く、結果は重大」としつつ、「被害弁償し、窃盗症の治療を受けるなど再犯防止の手段を講じている」と指摘。刑期を終えてから5年がたっていないことから、刑法の規定により執行猶予は付けなかったものの、法定刑を下回る懲役2年を言い渡した。
 判決後、記者がホームセンターを訪れると、多くの従業員が忙しそうに働いていた。店の関係者は「万引はきつい。店がつぶれかねない」とぽつり。女性にはいつか病気を乗り越えてもらいたいと、願わずにはいられない。(小沢慧一)

◆心の空洞埋める治療を


 厚生労働省は、世界保健機関(WHO)の基準に従い、窃盗症を精神疾患に分類している。しかし「注目度の高い病気ではない」(同省担当者)として十分な調査をしておらず、患者数も把握できていない。
 WHOは窃盗症を「物を盗む衝動に抵抗できない障害」と定義。「盗みで満足感が得られる」「一人で繰り返す」ことが特徴だ。
 多くの患者を治療してきた赤城高原ホスピタル(群馬県)の竹村道夫院長は「患者は自分が報われていないという社会的・心理的な飢餓感を、万引の達成感で埋めようとする。患者同士で悩みを打ち明けるなどし、心の空洞を埋めることが大切だ」と指摘した。
    ◇
 <法廷の雫>では、法廷で交錯する悲しみや怒り、悔恨など人々のさまざまな思いを随時伝えます。

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