<寄席演芸の人びと 渡辺寧久>しゃべりの主治医 歯科医師・岡伸二さん

2021年5月28日 07時42分

よく足を運ぶ新宿末広亭の前で「落語は生が一番」と話す岡伸二さん

 噺家(はなしか)にとって歯ほど大切なものはない。噛(か)み合わせの良しあしが、芸の出来に直結するからだ。
 「かぶせものひとつで、しゃべり方が微妙に変わる。前歯をいじると、『時そば』でそばを食べる音がうまく出なくなることもあり、調整が大変ですね」
 治療への気遣いをそう明かすのは、歯科医師の岡伸二さん(67)。東京都中野区で、祖父の代から続く歯科医院の三代目(三月末に閉じ、現在は知人が営む医院に勤務中)で、子どもの時分からラジオで落語に親しんでいた。

岡さんの治療に支えられる三遊亭歌武蔵

 約三十年前、落語会の打ち上げで、当時二つ目だった三遊亭歌武蔵(うたむさし)師匠(53)と知り合ったことが、多くの芸人の治療を受け持つきっかけになった。
 「歌武蔵さんが先輩後輩を紹介してくれて、そのうちに名人といわれる師匠も来るようになって、これはえらいことになった」と、瞬く間に評判が拡散。「これまで七十人くらい、芸人の歯を診ています」
 中でも「一番苦労した」と岡先生が明かすのは、「出っ歯をそのまま残してほしい」と懇願された瀧川鯉昇(りしょう)師匠(68)の歯。

瀧川鯉昇

 「五十五歳のときでした。歯の具合が悪く商売が続けられないとあきらめていたころに、先生と知り合いました」と鯉昇師匠は振り返り、「治療後は客席に聴きに来てくれて『きょうの感じならいいね』とアフターケアもしてくれる。おかげで十三年も噺家人生が延びました」と感謝する。
 噺家ならではの職業病「食いしばり」も芸の大敵と岡先生は指摘する。「慢性的に咬筋(こうきん)(顎の外側の筋肉)が凝っている。そのため寝ているときに食いしばって歯を割ったりする。マウスピースで食いしばりを防ぐこともあります」
 年百回以上は寄席や落語会に通い、「応急手当ての道具を持って寄席に行ったこともあります」と“しゃべりの主治医”として芸を見守る。「きれいな芸をやっていただけると、冥利(みょうり)に尽きますね」 (演芸評論家)

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