災禍を生きる人の力に 『本心』 作家・平野啓一郎さん(45)

2021年5月30日 07時01分
 「もう十分生きた」「いつ死んでもいい」。平野さんは若いころ、年配者にそう言われるたび反発を覚えてきた。「『もっと生きたい』と思いながら死ぬ人だっているのに」と。しかし人生の折り返し地点を過ぎたころ、考え方に変化が表れた。「誰しも家族に囲まれ、幸福な状態で死を迎えたい。自分で死に方をデザインしたいという欲求に、社会はノーと言えるのか」
 そんな着想から生まれた小説の舞台は、二〇四〇年代の日本。安楽死の概念が拡張され、死の時期を自分で決める「自由死」が合法化されている。主人公の青年、朔也(さくや)は唯一の肉親である母親から自由死を選びたいと相談されるが、強く反発。結局、母親は「望み」をかなえることなく事故で命を落とす。
 母親は本心から死を望んだのか−。喪失感を抱えた朔也は、人工知能を備えた精巧なヴァーチャル・フィギュア(VF)の作成を依頼。仮想空間内で架空の母親と対話し、真意を探ろうとする。その中で浮かび上がってくるのが「最愛の人の他者性」というテーマだ。「僕たちが他者を理解したつもりになっても、それは一面にすぎない。どんなに親しい相手でも、その心がすべて分かると断言するのは暴力的だと思う。だけど全く理解できないと突き放すのも寂しい。理解できないものを理解しようと努力する行為こそが、他者と関わるということでは」
 VFとの交流、そして別の他者との関わりを通じて朔也は立ち直っていくが、どんなに願っても母親に触れることはできない。そんな彼に「奇跡」が訪れるクライマックスは美しい。その後に訪れる結末も、穏やかな余韻を残す。
 「本当は、もう少し悲観的な終わり方を考えていたんです」と平野さんは明かす。小説は二〇一九年九月〜昨年七月、コロナ禍が拡大する中、本紙朝刊で連載された。「社会全体が相当なダメージを負った。それでも生きようと読者を後押しするような終わり方でなければ、僕自身も書いていてつらいなと思った」
 ウイルス禍は作家の意識にも影響を与えた。「書店の倒産件数が大きく減り、カミュの『ペスト』が読まれた。世の中が苦しい時は本が必要とされるということをあらためて感じた。そういう時に読むのに値するものを書いていかなきゃいけない」。使命感に駆られるようにそう言い切った。
 文芸春秋・一九八〇円。 (樋口薫)

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