「高僧貢献」作られた融和 少数民族政策の源流、カンゼの会談〈中国共産党100年 チベットと「長征」上〉

2021年5月30日 06時00分

5月中旬、中国四川省カンゼ・チベット族自治州にある「朱徳総司令とゲダ五世記念館」に設置された朱徳(左)とゲダの像。下の題字は、江沢民元国家主席の揮毫

 「私たち紅軍(中国人民解放軍の前身)は貧しい人々を苦しみや困難から救うための軍隊。最終目標は全中国、全人類の解放です」
 「私たちの仏教でいう衆生済度しゅじょうさいど(人々を救うこと)と、(紅軍のいう)全人類の解放は同じですね」
 四川省カンゼ・チベット族自治州カンゼ県にある「朱徳総司令とゲダ五世記念館」の展示には、こんな会話が記されている。前者の発言は、毛沢東らと紅軍を率いて「建軍の父」とたたえられる朱徳、後者はチベット仏教の高僧ゲダ五世だ。展示によると、2人は1936年3月から数カ月の間に9回、カンゼ県で会談したという。
 中国共産党の紅軍による「長征」は、カンゼ自治州にいた期間が計15カ月にも及ぶ。「愛国主義教育基地」である記念館は、長征におけるチベット族の貢献を強調する。「愛国活仏」と称されるゲダは、略奪などをしない紅軍に感銘を受け、食料や羊毛などを援助したとされる。
 党とチベット族の融和の象徴として、2人が並ぶ像やポスターはカンゼ自治州のあちこちで目に入る。しかしチベット問題に詳しい大阪工業大の川田進教授は「ゲダの紅軍への貢献は、虚構も含まれている」と懐疑的だ。冒頭の2人の会話だけでなく、会談したことを裏付ける史料もないと指摘する。
 記念館の展示とは逆に、実際にはチベット族との関係は友好一色ではなく、紅軍はチベット族の抵抗に苦しんだ。チベット高原の厳しい気候と物資不足の中で行軍を続けるためにも、チベット族の協力は欠かせない。チベット族を手なずける必要に駆られた紅軍は、カンゼ州内の各地でチベット族自身による政府の設立を支援し、見返りとして食糧支援などを獲得した。
 「紅軍は、カンゼにいた期間に党の民族政策を習得した」。カンゼ自治州南東の濾定県にある別の「愛国主義教育基地」ではこのように記述する。現在まで続く民族政策の源流には、カンゼでの苦しい経験がある。川田教授は「党は長征ではチベット族の『民族自決』を認めたが、建国後は民族自治という枠組みの中でチベット族を支配する政策に転じた」と解く。
 建国後もカンゼではチベット族との紛争の火種を抱え、2008年のチベット騒乱は数カ月にわたった。現在は抗議が鳴りをひそめるが、今も火種がくすぶる。ゲダには、融和の象徴としての役割がなおも求められている。(カンゼ・チベット族自治州で、中沢穣、写真も)

 長征ちょうせい 中国共産党は1934年10月~36年10月、蔣介石しょうかいせき率いる国民党政府軍に包囲されて当時の根拠地だった江西省瑞金を脱出し、陝西省延安まで大移動した。総距離は1万2500キロに達し、兵力を10分の1程度まで減らしたが、この過程で毛沢東もうたくとう)が指導権を確立した。

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 中国共産党は7月に創立100周年を迎える。党の輝かしい業績とされる長征の通ったカンゼ州一帯は、党がチベット族を最初に支配下に置いた地でもある。少数民族政策の源流をたどった。

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