ありがたい 天空の集落 御岳山 あの宿もこの宿も主は神主

2021年5月31日 07時01分

神秘的な雰囲気の集落にはかやぶき屋根も

 東京西部にある武蔵御嶽(みたけ)神社。スカイツリーよりも高い標高八百三十一メートルにあるケーブルカーの御岳山駅を降り、神社に向かって山中の道を進むと、突然、「天空の集落」が現れる。ほとんどが民宿や旅館で、「ユースホステル」の看板を掲げる宿も。神秘的な集落。その宿泊施設経営者たちには「もう一つの顔」があるようで…。
 「今年もゴールデンウイークは予約をすべて断りました」
 「うつぼや荘」を経営する靱矢(うつぼや)正さん(63)はため息をつく。旬の山菜や自家製のこんにゃく玉、畑で採れたての野菜を生かした料理が自慢の民宿だ。しかし、コロナ禍の影響で書き入れ時の客はゼロ。昨年のゴールデンウイークもケーブルカーが運行休止になり、宿泊客はいなかった。

「うつぼや荘」を経営する靱矢正さん

 観光客は減ってしまったが、計二十四ある宿泊施設の経営者には、変わらないルーティンもある。武蔵御嶽(みたけ)神社でのお勤めだ。実は、全員が武蔵御嶽神社の神主。靱矢さんも、二カ月に三回、夜から朝まで神社で過ごし、神職の衣装に身を包んで神様にお食事を供える朝拝を行っている。「神秘的」に見えた集落は、実際に「ありがたい集落」だった。
 今でこそ一般の宿泊客が多いが、神社周辺の宿泊施設は、古くは参拝客をもてなす「宿坊」だった。江戸時代、庶民の社寺詣でが盛んになり、参拝客が関東一円に増えたという。その参拝客の宿泊所として設けられたのが宿坊だ。参拝客の世話をした「御師(おし)」と呼ばれる神職の家系が今も脈々と宿を営む。山麓の神主も含めて三十二人から互選で神社の宮司が一人選ばれる。
 秋から冬、「宿屋の主人」たちは神主の顔になる。信者の団体である「講」を回って神社の札を配り、祈祷(きとう)を行うこともある。靱矢さんが受け持つ講は埼玉県川越市が中心。昨年から今年にかけても、二十五近くの講を回ってきたという。「江戸時代にコレラが流行したとき、御師たちが各地でまんえん防止の祈祷をしたそうです」と靱矢さん。令和の神主も祝詞でコロナ収束を祈願する。

宿坊経営者である神主による荘厳な太々神楽=武蔵御嶽神社提供

 かつては、都内はもちろん、埼玉、千葉、神奈川にも広がっていた講だが、今は少なくなってきたのが気掛かりという。「講が減ったら、訪れる人も少なくなる。どうやって皆さんに来てもらえるようにするかが、地域全体の課題です」。靱矢さんの「三つ目の顔」は、御岳山観光協会会長。地域の活性化にも頭を悩ませている。
 武蔵御嶽神社は、道に迷った日本武尊(やまとたけるのみこと)を助けたオオカミを「おいぬさま」として祭っている。そこで十年ほど前からペット連れの呼び込みにも力を入れ始めた。神社でペットの健康長寿を祈ってお祓(はら)いをし、ケーブルカーにはペットスペースも設置。飲食店では「ペット同伴可」のステッカーも貼られている。衛生上の問題からなかなか進まないが、ペットと泊まれるよう改修を検討している宿坊もあるという。
 コロナ禍を逆手にとり、青梅市観光協会が中心となって昨年、ワーケーションに使ってもらおうと、多くの宿坊にWi−Fiが整備された。神主が継承する都無形民俗文化財の「太々(だいだい)神楽」を披露するツアーの検討も始まっている。
 「多くの人に来てもらうことで、神社を中心とする地域の文化を残していきたい」。宿の経営者、伝統を受け継ぐ神主、地域の発展を願う観光協会会長。三つの視点はまっすぐ未来を見詰めている。
 文と写真・布施谷航
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