<トヨザキが読む!豊﨑由美>直木賞も間違いなし!の傑作 資本主義が生み出す闇と空虚

2021年5月31日 07時24分

佐藤究(きわむ)『テスカトリポカ』KADOKAWA・2310円

 五月十四日、第三十四回山本周五郎賞の受賞作が佐藤究の『テスカトリポカ』に決まりました。んが、しかし、山本賞どころの話じゃない。七月に受賞作が発表される第百六十五回直木賞も獲(と)りますから。そのくらいの傑作なんですから。
 二〇一三年に勃発した、メキシコ北東部における二大麻薬カルテルの抗争。ドン・ウィンズロウの『犬の力』を彷彿(ほうふつ)とさせる話から始まりながら、この小説が読者を連れていく先は日本です。血で血を洗うすさまじい抗争の果てに、一五年、四兄弟のうち一人生き残った三男のバルミロは国外へ脱出。ジャカルタで屋台のオーナーになり、裏では安い麻薬を客に売りさばき、虎視眈々(たんたん)と復活と復讐(ふくしゅう)の時を狙う日々を送っていました。そこに客として訪れるようになったのが末永充嗣。元々は優秀な心臓血管外科医だったのですが、コカイン常習による運転ミスで少年を轢(ひ)き殺し、逮捕から逃れるためにジャカルタへ。臓器売買のコーディネーターにまで身を落としていたんです。
 その二人が手を組んで、日本国内の戸籍を持たない子供たちを保護の名目で連れ去り、生きたまま心臓を摘出して、心臓病の子供を持つ世界の大金持ちたちに売りさばくというビッグビジネスを計画。バルミロは故郷で失った<家族>を再構築するため人材をスカウトし、忠実な部下に育てあげていきます。その最後の切り札ともいうべき存在が二メートルを超える巨漢の青年コシモだったのです。
 祖母からアステカの神々の物語を刷り込まれ、敵対者や裏切り者の心臓を生きたまま取り出しては究極の神テスカトリポカに捧(ささ)げる儀式を行うバルミロの物語。暴力団幹部の父親とメキシコ人の母親の間に生まれ、ネグレクトを受け、十三歳で両親を殺して少年院に入所したコシモの物語。両者の運命を合流させる過程で、その他の登場人物の<家族>にならざるを得なかった半生も丁寧に描き、陰惨なシーンが頻出する物語全体にアステカ神話を響かせることで昏(くら)い聖性と文学性をまとわせる。

『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞を受賞した佐藤究さん

 神に心臓を捧げる古代アステカの人身供犠と暗黒の臓器売買を呼応させることであぶり出される、金もうけのためなら何を犠牲にしてもかまわないという資本主義のダークサイドと暴力が生み出す闇と空虚。社会批評をも内在させた素晴らしいクライムノベルです。直木賞おめでとう! 先に言祝(ことほ)いでおきます。
<とよざき・ゆみ> 1961年生まれのライター・書評家。「週刊新潮」「婦人公論」などさまざまな媒体に連載を持つ。主な著書に『ガタスタ屋の矜持(きょうじ)』『まるでダメ男じゃん!』『ニッポンの書評』、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ(共著)、『石原慎太郎を読んでみた』(同)など。
 *次回は7月26日掲載予定です。

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