「960ページ、右38行目…」暗号指示を辞典で解読 50年前の中国「ピンポン外交」舞台裏

2021年5月31日 18時17分
 1971年に名古屋市で開かれた国際卓球大会を通じて米中両国が急接近した「ピンポン外交」を巡り、当時の中国外務省が大会参加中の中国代表団に対し、愛知大編さんの「中日大辞典」を暗号に使い、米国代表チームに訪中を要請するよう指示していたことが分かった。米中国交樹立や日中国交正常化の流れをつくったピンポン外交から50年の節目に、新事実が浮かび上がった。(平岩勇司)

ピンポン外交 1971年に名古屋で開かれた第31回世界卓球選手権に、日本卓球協会会長の後藤鉀二(こうじ)愛知工業大学長が、国交のない中国の代表チームを招請。大会中、中国代表団のバスに誤って乗車した米国人選手と中国人選手が贈り物を交わすなど、米中チームの交流が生まれた。中国政府は大会後、米国チームを中国に招待。朝鮮戦争から敵対していた米中に和解の流れが生まれ、「小さなピンポン球が大きな地球を動かした」と言われた。大会会場となった愛知県体育館には2015年にピンポン外交記念モニュメントが設置された。

「中日大辞典」を使った暗号は「ページ数と左右の位置、行数」で、文章を一文字ずつ伝えていた

 中国代表団秘書だった外交官の江培柱氏が2013年、中国で出版した回顧録で経緯を明かした。愛知大国際中国学研究センター所長の李春利教授が19年、米ハーバード大フェアバンク中国研究センターで同書の記述を見つけ、分析していた。

江培柱氏=「江培柱文存」から

 1971年3~4月に名古屋市の愛知県体育館で行われた第31回世界卓球選手権大会には、中国代表が6年ぶりに参加した。
 江氏の回顧録によると、中国外務省は代表団の訪日前から、中日大辞典を使った暗号で連絡すると決めていた。中日大辞典は愛知大が68年に刊行し、当時唯一の本格的な中国語と日本語の辞書。本国と名古屋で電話をする際、「辞典のページ数と左右の位置、および行数」で機密を伝えたと記している。
 李教授によると、暗号は、例えば「960―右―38」と伝えた場合、「中日大辞典の960ページ目の右側、上から38行目の漢字」を意味したと考えられる。この方法を1文字ずつ繰り返し、「邀」「請」「美」「国」「隊」(邀請美国隊=米国チームを招聘しょうへいする)といった文章にしたとみられる。実際の電話では事前に決めていた余分な数字も加え、暗号をさらに複雑化していた。
 中国側は当初、敵対関係にある米国の代表チームと接触しない方針だったが、閉会前日の4月6日夜、毛沢東主席の決定を受けた中国外務省が、中国代表団に「米国チームを中国に招聘すること」と暗号電話で指示。江氏は「中日大辞典で指示を解読し、急いで代表団の責任者に報告した」と舞台裏を明かしている。

中国選手団のバスに誤って乗った米国のグレン・コーワン(右)選手と中国の荘則棟選手。降車後に握手を交わしたシーンが世界に報道され、米中選手団が交流を深めるきっかけとなった=1971年4月、名古屋市の愛知県体育館前で

 中国代表団は名古屋市東区のホテルに滞在しており、電話の盗聴や情報漏えいを警戒したとみられる。江氏は「おそらく最も原始的で最も解読しにくい暗号」と記している。
 大会後に日本から中国に訪問した米国チームは、周恩来首相の歓迎を受けた。互いに関係改善を模索していた米中は急接近し、翌72年2月にニクソン大統領が訪中。同年9月には田中角栄首相が訪中し、中国が国際社会の輪に加わる流れが生まれた。
 李教授は「ピンポン外交を巡る最後のワンピースがはまった思いだ。米中、日中関係は今も複雑だが、各国が歩み寄ったピンポン外交の精神に立ち返ってほしい」と話している。
◆「ピンポン外交」と「中日大辞典」を巡る江培柱氏の主な記述(要旨)

 1971年、第31回世界卓球選手権大会が日本の名古屋で開催された。(中国)外務省アジア局日本課と訪日した代表団との間の「極秘」の指示や報告で、日本最新版の「中日大辞典」を臨時の電信暗号帳として使った。機密の文字は、大辞典のページ数と左右の位置および行数に、固定の数字を追加して電話で伝えた。
 4月6日夜、国内から暗号電話による指示が届いた。「中米両国の選手と人民の友情を増進するため、大会後に米国卓球チームの訪中を招聘(しょうへい)する」。私は「中日大辞典」で指示を解読し、急いで代表団の責任者に報告した。
 これはおそらく最も原始的で最も解読しにくい暗号通信ではないかと思う。現在、机に置いてある「中日大辞典」を見ると、特定の歴史的な状況の下で「一字千金」とも言える役割を果たしたことを思い出し、実に感無量である。
 「江培柱文存 対日外交台前幕後的思考(江培柱文集 対日外交の表と裏の考察)」から

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