<おうちで名画を>渡辺省亭「春の野邊」 野に遊ぶ 未完の蝶

2021年6月1日 07時03分

渡辺省亭「春の野邊」 1918年 絹本着色 一幅 東京・神津忠彦氏蔵

 「渡辺省亭(せいてい)−欧米を魅了した花鳥画−」(3月27日〜5月23日、東京芸術大学大学美術館)では、企画準備の段階から、国内には残っていないと思われていた多数の作品が発見された。なかでも驚きは、省亭が死の直前まで筆入れをしていた絶筆「春の野邊(のべ)」の存在が確認されたことだ。東京会場では公開できなかった幻の絶筆を、紙上でお楽しみください。
 本展の企画者である古田亮・東京芸術大学大学美術館教授に、吉報がもたらされたのは、五月九日にNHK「日曜美術館」が省亭の特集を放送した翌日。なんと、一九一八(大正七)年四月二日、数え六十八歳で没した省亭が死の五日前、あとは仕上げと落款というところまで描きながらも未完になった「春の野邊」の所在が分かったというのだ。番組で絶筆の古い写真が紹介されたことが情報提供のきっかけになった。省亭展は四月二十五日からの緊急事態宣言に伴う臨時休館で、再開できないまま閉幕を迎えた。肩を落とす関係者に絶筆発見のニュースは大きな喜びとなった。
 明治末から大正期の美術界は、文展や院展を中心に大作名作が次々と発表され、まさに展覧会の時代。しかし晩年の省亭は、われ関せずと浅草三筋町の画室にこもり、注文に応じて四季折々の風情や花鳥を描いていた。「春の野邊」は二点描かれている。縦長でタンポポを前景に配した一点は洋室用。レンゲソウが揺れる横長のもう一点は和室用。二点とも写真は『評伝 渡邊省亭 晴柳の影に』(古田あき子さん著)に掲載されている。今回発見されたのは後者の横長の絵だ。
 省亭の没後、未完の二点は長男で俳人の渡辺水巴(すいは)のもとに残されたが、二つの家庭を持ち、晩年に道楽を尽くした亡父の負債返済のため、水巴は作品を手放さざるを得なかった。縦長の絵は質入れされ、横長の絵は信州の実業家・神津猛(こうづたけし)(一八八二〜一九四六)に譲られた。神津は島崎藤村の支援者として知られ、俳句の師である水巴のことも物心両面で支えていた。その後、百年以上大事に保管されていたことが今回判明した。所蔵者から持ち込まれた作品を真作と判断した古田教授はこう語る。
 「落款がないとはいえ省亭の卓抜な筆致が見て取れます。水巴による箱書きや来歴からも絶筆であることは間違いありません。展覧会を開催したかいがありました」
 もうひとつの「春の野邊」は、いまどこにあるのだろうか。質入れされた後、関東大震災で奇跡的に焼け残ったことを知った水巴が、一九二四年に多額の利子を払って受け出したことまでは分かっている。「ゆうべ受け出した亡父の絶筆を柱に掛けた。たちまち二階が春の野辺になって蓮華草(れんげそう)や蒲公英(たんぽぽ)が亡父一流の好い色に咲いている。白く塗られただけで仕上がらなかった二羽の蝶々(ちょうちょ)が、夢というものを象徴しているように寂しい。この一幅は、この蝶々だけが未完成である」
 この作品の所在は、現在は分かっていない。省亭の未完の夢を追って、その全貌を明らかにする調査研究は続いている。

臨時休館のため公開できなかった後期展示(4月27日〜5月23日)の様子=東京芸術大学大学美術館で

 ◇ 
 「春の野邊」は、愛知県・岡崎市美術博物館(〜7月11日)、静岡県三島市・佐野美術館(7月17日〜8月29日)の渡辺省亭展巡回先で特別出品される。公式ガイドブックは東京新聞オフィシャルショップで販売中。
 文・森優美子/写真・池田まみ
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