泉麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》 昭和おもいで電車(その5) 「青ガエル」が走った東横線(前編)

2021年6月9日 06時30分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

昭和時代の懐かしさあふれる"緑色の旧型電車"「青ガエル」


 東横線は通学でよく使った電車だ。主に高校と大学の1、2年生の時期、1970年代の中頃のことだ。渋谷から乗って日吉までの間だが、その当時の車両は「青ガエル」の愛称で親しまれた緑色の5000系が銀色の6000系や7000系に段々と置き換わっていく頃で、中目黒からは日比谷線の銀色3000系も入ってくるので、緑よりも銀色電車の方がちょっと優勢だった。ちなみに東横線はもっと昔の1950年頃に銀色に赤線のモダンな電車(3500系)を走らせていたらしいが、さすがにこれは見たことがない。

東急東横線の記念パスネット(泉麻人さん私物)

 まぁ車両の細かい話はこのくらいにして、そんな学生時代の沿線風景を回想してみよう。地上(高架)駅の当時、渋谷を出て、右側の国鉄(JR)線路の上をまたいで1つ目の代官山に停まると、ホーム脇にあった森永ベーカリーの工場から香ばしいパンの匂いが漂ってきたのを思い出す。その頃のホームは今よりずっと短くて、先頭車両はトンネルの中に入ってドアが開かなかったのではなかったか?(コレは井ノ頭線の神泉だったかもしれない)。
 中目黒を過ぎて、祐天寺、学芸大学、都立大学あたりまでは高架線路の窓越しの眺望がいい。北東の遠方に数が増えてきた西新宿の高層ビル群が見えたことをよく覚えている。
 自由が丘は学校の帰路に立ち寄ったサテン(喫茶店)がいくつもあった街だ。思い浮かぶままに挙げると、サンレモ、イングランドヒル、アルテリーベ、ティンカーベル…シャレたヨコモジの店が多いのがいかにも自由が丘って感じだが、馴染みの店は1軒も残っていない。
 田園調布はまだマンサード屋根の洋館駅舎が使われていた(ちょっとズレた場所に復刻建築はあるけれど)駅前のレピドールという洋菓子&喫茶は確か高校時代にオープンした店で、僕はここで初めて「タルト」という上品な小型のパイを知った。
 その先の多摩川の駅はかつて「多摩川園前」といって、電車の窓越しに見える遊園地は菊人形の催しが有名だった。<昭和40年>の年号が入っているから僕が通学で乗車していた頃より前のものだが、手元のストックブックに菊人形の写真が載った多摩川園の入園券が収まっている。
 多摩川の丸子橋鉄橋を渡ったその先の新丸子、武蔵小杉のあたりはNECの大工場なんかのある工業地帯で、終戦後の一時期まで元住吉との間に「工業都市」というハードボイルド感漂う駅があったそうだ。
 そして、日吉。この駅は僕が通っていた慶應(昔の予科)キャンパスの誘致とともに大正15年に開設されたようだが、キャンパスと反対側の西口には田園調布の区画にも似た扇型に広がる商店街が設けられていた。サテンもラーメン屋もパチンコ屋もあったが、70年代当時は他の学生街と同じく麻雀屋が何軒もあった。いろは、ぽん太、ハエラル、ER3…よく通った店の名前は浮かぶが、こちらも自由が丘の喫茶店と同じく現存する店はない。
 日吉から先の横浜方面の駅でなじみのあるところは少ないが、反町たんまちという駅は妙な思い出がある。高1の頃、仲の良かった横浜のクラスメートに誘われて反町のエロな映画館に寄り道した。洋モノのポルノ専門館だったと思ったが、窓口で「オトナ1枚」とさりげなく告げた僕に向かって、なかのオバチャンが間髪を入れずに「干支えとは?」と質問してきた。ナン年生まれかということだが、16の僕はすぐに18歳以上の干支がこたえられず、追っぱらわれてしまったのだ。

幼少時代の絵日記(泉麻人さん私物)

 そう、その先の横浜まで東横線で行ったときの古い絵日記帳が見つかった。「1ねん3くみ」と記されているから小学1年、1963年の夏休みのものだ。
 8月9日 金ようび
  とうよこせん
 ぼくは はじめて とうよこせんに
 のりました。みどりいろの
 きれいな でんしゃで
 しぶやから よこはままで
 三十ぷんで ついて しまいました。
そのまま書き出してみたが、真実とすれば、これが初めての東横線乗車ということになる。片ページに黄緑と緑のクレヨンで描かれているのは、紛れもなく青ガエルの5000系だ。
・・・・・・・・・
次回、「青ガエル」が走った東横線(後編)の更新は、6月23日(水)を予定しています。お楽しみに!



PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売される。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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