料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。 阿古真理著

2021年6月6日 07時00分

◆「毎日きちんと」の束縛
[評]香山リカ(精神科医)

 診察室で、うつ病の人には「重荷を全部、降ろしてまずはゆっくりしましょうね」と声をかける。でも、人によっては降ろせない荷もある。食文化ジャーナリストである著者にとって、それは「料理」だったようだ。
 職業柄、料理にはこだわりがある。八百屋で旬の野菜を買うのも好きだったが、うつ病になると店に行っても野菜が選べない。夫に「これを買って」と指示してもらってようやく買えるが、それでも半泣きになり、脂汗をかく。さらに、豆腐を買ってきてパックから皿に移そうとして、サイズが小さくて入らないことに気づいてパニックになる。なにをするにも「回らない頭を総動員」となるのだ。ひとつひとつの描写がリアルで、読みながらたくさんの患者さんの顔が浮かんだ。
 そして回復期に入ると、著者を救ってくれるのもまた料理なのだ。ただ、以前とは違う。以前はダメだと思っていた「ワンパターン献立」や「具だくさん汁もの一品だけの一汁献立」、さらには即席のお弁当を携えての公園ランチなども取り入れる。それは著者にとって、「毎日きちんと手づくりしなければ!」というとらわれからの解放でもあった。そうすることでうつもどんどん良くなり、同時に食べるうれしさ、作る喜びも回復していったようである。
 夫との気ままな外食の楽しみを見出した著者はこう言う。「長い人生を生きていくために、息抜きで外食することも、私が求めた一つの答えだったのである」。料理にそこまでのこだわりがない人も、この「外食する」をほかの言葉に置き換えれば理解できるのではないか。「プロに掃除を頼む」「もっと有給休暇を取る」「休日はパジャマですごす」など。私たちは意外に、「これやっちゃダメ」と自分で自分を縛りつけており、それがストレスとなってうつ病への坂を転がり落ちることもある。
 うつ病になって、大好きな料理に実はとらわれていた自分に気づき、そこから解放されて本当の料理の楽しさを知った著者のお話。自分のとらわれに気づくためにも、多くの人に読んでもらいたい。
(幻冬舎・1540円)
1968年生まれ。作家・生活史研究家。著書『日本外食全史』など。

◆もう1冊

沼田和也著『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)

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