<月刊・掌編小説>聖火 小林エリカ 作

2021年6月7日 18時00分

小河奈緒子 画

 すっかり薄暗くなった東京の街を車の窓の向こうに眺めながら、妙子はひとりごちた。
 「結局、聖火リレーも見られないだなんて」
 小学4年生になる娘は、革のストラップシューズを履いた足をきちんとそろえて隣に腰掛け、母の様子に少しあきれた様子で小さくため息をつく。
 「仕方がないじゃない。こんな状況なんだから。我慢よ、我慢」
 妙子は娘に諭されながら、そうよね、と渋々うなずいたものの、正直、何もかももううんざり、なのであった。
 大体からして、娘の修学旅行もなくなるし。そもそも、ネオンライトを消したり、お酒を飲めなくしたり、料理屋を早々に閉めたところで、意味あるのかしら、と思わずにはいられない。演劇やオペラだって、ダメになってしまったものもたくさんある。
 それになにより、この夏は暑くてかなわない。
 中年の男の運転手は長袖姿で顔色ひとつ変えずにただじっと黙って運転を続けている。
 妙子はハンドバッグからレースの縁取りがついたハンカチを取り出すと、額の汗を拭いた。
 それにしても東京でオリンピックが開催されると決まったあの年。
 街じゅうに五輪エンブレム旗がたなびいていたことを、妙子は忘れない。
 新聞には耳元で五輪エンブレム型に髪を結うヘアアレンジのやりかたまで載っていたから、妙子はあの頃幼かった娘――まだ小学校へ入学してもいなかった――の柔らかい毛をでながら、その髪を結ってやったらすごく喜んでいたのに。
 妙子は、わざわざ妹夫婦と一緒に、東京劇場へオリンピックの映画を観に行きさえした。
 それは世界ではじめて行われた聖火リレーとベルリン・オリンピックの様子を捉えたレニ・リーフェンシュタールというドイツの監督が撮影した白黒映画であった。
 ギリシアのオリンピア、ヘラ神殿で採火される、プロメテウスの火。 
 まばゆいばかりの聖火が、男たちの手から手へと受け渡されてゆく。
 スクリーンでは、巨大な競技場を埋め尽くす人々がヒトラー式の敬礼と大きな歓声で、聖火を掲げて走るランナーを迎え入れていた。
 あぁ、この聖火が、次は東京の街へもやってくるだなんて。
 妙子は震えるような興奮を覚えずにはいられなかった。
 真新しい競技場、真新しい橋やホテルがいくつもできて、得意の英語だってようやくかせるはずだったのに。
 それなのに、いまや東京はすっかり薄暗くなっているというありさまなのだから。
 こんなことになるなら、せめて去年か今年の早いうちに旅行へ出かけておけばよかった、と妙子は思う。
 妹夫婦は冬に北海道へスキーに出かけていたし、娘の学校のお友達は春に満州の旅順のバスツアーで戦跡巡りをやってから星ケ浦のリゾートビーチでゆっくりしてきたのだという。
 この頃は、倹約だとか、贅沢ぜいたくは敵みたいな話をよく聞くし、実際、貧しい人たちは随分苦しい生活をしているらしいということは、妙子だって知っている。
 ただ、妙子のまわりでは、朝にはパンやフルーツ、オムレツなんかを食べているような人たちも多かったし、出掛けるときに派手なドレスや袖の長い着物なんかはさすがにはばかられたけれど、タンスの奥には隠した宝石つきの指輪なんかがいくつもまだあった。
 それになにより、妙子はどうしても実感が持てなかったのだ。
 たった今、ここではないどこかで戦いがおこなわれていて、死んでいる人がいる、などということに。
 再び妙子が大きくため息をつくと、娘が言った。
「ねえ、11月には、きっとみんなで宮城の祝賀会へ行ったらいいじゃない。わたしは聖火リレーなんかより、提灯ちょうちん行列や花電車のほうがずっといい」
 娘はそれから熱を込めて祝賀の歌を歌いはじめた。
  金鵄きんし輝く 日本の
  はえある光 身にうけて
  いまこそ祝へ このあした
 妙子はヘアアイロンでカールさせた髪を撫でて、そうよね、とぼんやり頷きながら上の空であった。
 というのも、せっかく銀座へ行ったのに千疋屋でアメリカンショートケーキを食べそびれたことを思い出していたのだ。わずかに後悔したが、いまどきはイチゴまで贅沢品とされているから、そもそも店にまだあのメニューはあるのかしら、と考えた。
 それにしても、街はどこまでも薄暗い。
 妹の夫はハルビンへの赴任が決まったらしい。もっと早く決まっていたら、旅行は北なんかじゃなく南の高千穂とかそういうところにしていたのに、と文句を言っていた。
 そういえばこの運転手の男の息子もどこだかへ出征中だといっていたけれど、新京だっけ奉天だったっけ。
 この頃は砂糖や米も自由に手に入らないし、パーマネントもダメなんて、馬鹿ばかげてる。
 脇の汗を拭いながら妙子は小さくつぶやいた。
「これからいったいこれからどうなっちゃうのかしら」
 ちょうどそこでタクシーは豪奢ごうしゃな西洋風の石造りの家の前へ到着したのだった。
 そこが妙子たちの家だった。
 門の向こうに広がるモダンなつくりの庭には青々とした芝生と白い紫陽花あじさいの花が咲き乱れていた。
 何もかもが美しく、どこまでも平和だった。
 妙子はスカートの裾のしわを伸ばしながらその庭を見やり、すべてを忘れた。
 ただ、その後ろをまっすぐについてくる娘だけは、まだ小さく歌を歌い続けていた。
 時は西暦1940年。
 日中戦争の泥沼の中にいた日本は、東京オリンピック開催を辞退。
 そのかわりに神武天皇即位紀元2600年を祝う盛大な行事が行われようとしていた。
 11月、東京の街はかつてないほどまばゆく光り輝いた。
 花電車。それから提灯行列。
 宮城外苑に設けられた巨大な灯火台では、かがり火が揺れていた。
 妙子はその炎を見つめながら、聖火もきっとこんなふうに明るいのだろうかと考えた。
 それからわざわざ毛皮を外したオーバーコートを胸元でかき寄せた。
 娘はその光に魅了されながらうっとりと口にした。
「あぁ、街がずっとこんなふうに明るかったらいい」
 それから1年と23日後、真珠湾攻撃とともに太平洋戦争がはじまった。
 街の明かりは灯火管制でいっせいに消され、東京はたちまちもっと暗くなる。
 すっかり真っ暗になった東京の街を車の窓の向こうに眺めながら、けれどやっぱり、妙子はどうしても実感が持てないのだった。
 たった今、ここではないどこかで戦いがおこなわれていて、死んでいる人がいる、などということに。
 妙子はまた大きくため息をつく。
 やがて3年あまりの時がち、あの日の娘の望みはある意味実現することになる。
 東京の街はいま、明るく光り輝いていた。
 あの日よりもなお、ずっとずっと明るく。
 街が、家が、人々が、焼夷弾しょういだんのまばゆい炎に包まれ、燃えていた。
 ※2021年5月22日付東京新聞夕刊に掲載

小林エリカさん

 小林エリカ(こばやし・えりか) 作家・マンガ家。1978年東京生まれ。著書は小説『トリニティ、トリニティ、トリニティ』(集英社)が第7回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞、「マダム・キュリーと朝食を」(同)が第27回三島由紀夫賞候補、第151回芥川賞候補、“放射能”の科学史をめぐるコミック「光の子ども」(1~3巻、リトルモア)、短編小説「彼女は鏡の中を覗きこむ」(集英社)他多数。

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