職場の性暴力被害の実態を分かっているのか…私の体験から法制審に問う 元ライター・池田鮎美さん

2021年6月10日 06時46分

◆「成人している被害者は弱くない」「合意あることも…」

 9年前、フリーライターとして働いていた時に、取材先から性暴力を受けた。警察に届けたが不起訴になった。刑法の性犯罪規定を、現実に即したものへと見直す必要があると思う。

法務省

 2017年の刑法改正で残された課題について、さらなる改正の要否を議論する法制審議会が、秋から始まる見通しだ。気がかりなのは、その前段となる法務省の検討会で、職業上の地位関係性を利用した性暴力についての議論が深まらなかったことだ。検討会では、「成人している被害者は弱くない」「合意がある場合もある」「社内規則で対応すべきだ」という意見が出た。被害の実態を何もわかっていないと思う。
 上司や取引先から「ちょっと仕事の話をしたい」と言われて2人きりになり、性暴力を受けた場合、被害者にはもうその時点で打つ手がなくなる。現行法では、加害者が「合意があったと思った」と言えば、その思い込みが優先されるからだ。しかも、そう思い込んだことの立証責任は加害者にはない。

◆けがをしないと不同意とは見なされず

 明確な不同意と認定するために、被害者には「けがをすること」が求められている。わたしの場合も、けがをする程度の抵抗をしなかった理由について厳しく問いただされた。「仕事相手だから」という説明に、検察官は納得しなかった。専門家が「危機的状況では抵抗できないということは一般的なこと」と証言しても、検察官は事件を起訴しなかった。
 「失礼のないように」と気を付けているうちに、とんでもないことに巻き込まれていたーーそんな時、こちらも相手も負傷する程度の抵抗なんて、できるだろうか。職業上の地位関係性は、被害者の立場を確実に弱くする。どんなに屈強な人物でも、上司や取引先からの性暴力に驚かない人はいない。相手は信頼する取引先や、尊敬する先輩かもしれない。機嫌を損ねれば降格されたりクビになったりする可能性もある。社内規則でなど対応しきれない。非正規雇用やフリーランス、就活生のような弱い立場にいる人ほど、諸法令に保護されず、刑法に頼るしかないという現実がある。

◆台無しになった人生

 被害の後、わたしの人生はめちゃくちゃになった。残酷なフラッシュバック。仕事を続けられなくなった。精神病棟への入院を余儀なくされ、何十万円もの請求書が届いた。無収入になっていたので、貯金はすぐに底をついた。生涯にわたって治療はつづくのに、補償はない。夢も消えた。障がい者になってしまった。社会の仕打ちにおびえ、外出できなくなった。9年った今日も、家族は、わたしが事件のせいで死なないようにと心配している。加害者のほとんどは、こうした被害の実態を知らない。
 これが日本の労働の現実だ。刑法は守ってくれない。こうしたことは小学校で教えてほしかった。真摯しんしに働く人が人生を棒に振らざるを得ない社会の入り口で、将来の夢を作文に書かせるなんて無責任すぎる。

◆加害者の言い逃れ許さず、立証責任を

 法制審のみなさんに伝えたいことがある。職業上の上下関係や利害関係を言い逃れに使う加害者は後を絶たない。わたしの場合も、加害者は「彼女も仕事で得をしたからギブ&テイクだ」と主張した。しかし、そもそも性暴力は命にかかわる暴力である。いくら仕事のためとはいえ、そんな取引に応じたい人などいるわけがない。ギブにもテイクにも含まれないし、含んではいけない。命がなくなれば仕事を続けられないからだ。
 刑法は、加害者のこうした非合理的な言い逃れを許してきた。社会は許さないでほしい。少なくとも今回の改正では、こうした荒唐無稽な主張の立証責任は加害者自身にあるということを、刑法に規定するべきだ。(いけだ・あゆみ=元ライター・会社員)

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