<新お道具箱 万華鏡>能「望月」の獅子頭 特製の扇 赤頭はヤクの毛

2021年6月11日 07時21分

「望月」(シテ・大島政允 1986年)。 獅子の舞で、手を開いて咆哮しているところ。顔には覆面をつけている=大島能楽堂提供

 「披(ひら)き」という言葉を聞くと、能が好きな人はワクワク、ソワソワする。
 披きとは、特別な曲(演目)を初めて演じること。能楽師の節目の試験みたいなもので、有名な曲としては大きな鐘が出てくる「道成寺(どうじょうじ)」がある。気になる役者のお披きは、やっぱり見ておきたい。

「望月」の赤頭を持つ大島輝久さん=東京・お茶の水の稽古場で

 「望月(もちづき)」も、披き物のひとつ。主君を討たれた家臣(主役=シテ)が、仇討(かたきう)ちを遂げるという筋立てで、能としては珍しく、芝居がかった演目だ。
 今年八月に喜多流能楽師の大島輝久さんが、その「望月」を披くという。どんな道具を使うのか。東京・お茶の水の稽古場で話を聞いた。
 まず「望月」の見どころから。
 「前半は、せりふの掛け合い。後半はシテの獅子の舞と子方(子役)の舞です」
 この二つの舞は、敵を油断させるために酒宴の席で舞われるという設定だ。

「望月」用の赤頭。2枚の扇の間には、舌に見立てた赤いものが挟みこまれている

 獅子舞というと、お正月の赤いツヤツヤした獅子の顔が思い浮かぶ。「望月」では、ふさふさした赤頭(あかがしら)に、金色の扇を二枚差し込み、それを獅子の口に見立てて獅子頭とする。歌舞伎のように専門の担当がいるわけではないので、能楽師が手作業で扇を差し込んで作る。
 「作り方は口伝です」という言葉に緊張しつつ、たずねてみる。普通の扇を使うんですか?
 「いえいえ、『望月』専用の特別な扇があるんですよ」
 細工がしやすいように特殊な構造をしているんだとか。「専用」があるというのは、なんでもなさそうで、実はすごい。

「望月」専用の扇の箱。ふたの裏には「大正十四年」の文字。大島さんの曽祖父の代で作られたものだろうという

 そもそも能の扇は決まりごとが多く、能の扇の専門店があるほど。頻繁に売れるわけでもない特別な扇が、こうして作り続けられているというのは大変なことだ。
 ところで、この赤頭の素材は何かというと、ヤクという動物の毛。ヤクは、チベットやブータンなどの高地に住むウシ科の動物で、全身、長い毛に覆われている。現地の生活になくてはならない動物で、ブータンにはヤクの踊りという芸能もあるくらいだ。遠い国の動物の毛が、いったいどんな経緯で能の道具になったのか。謎は解き明かされていない。
 さて、最後に獅子の舞の特徴を教えてもらった。
「手をカッと広げて、上を向くポーズ。これは獅子の反り返りです。獅子がガオーッと咆哮(ほうこう)していると思ってください」
 頭の隅っこで覚えておくと、さらに楽しく見られそう。(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)

◆公演情報

<第一回大島輝久の会> 八月一日午後二時から、東京都品川区上大崎の十四世喜多六平太記念能楽堂で上演予定。能「望月」(大島輝久)、狂言「悪太郎」(野村萬斎)、舞囃子(まいばやし)「清経」(友枝昭世)ほか仕舞。
 喜多能楽堂事務局=(電)03・3491・8813。

◆取材後記

 「望月」で使われる道具で、もうひとつ珍しいものも見せていただいた。赤いマスク。この曲では、シテは能面をつけず素顔で出てくるのだが、獅子舞のときにマスクをつける。コロナ禍だからというわけではなくて、そういう決まりなのだ。「覆面と呼んでいます」と大島さん。流儀や演出によって、色や形が違うのもおもしろい。 (田村民子)

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