権威主義の誘惑 民主政治の黄昏 アン・アプルボーム著

2021年6月13日 07時00分

◆走狗に堕ちるエリートたち
[評]菅原琢(政治学者)

 目上に媚(こ)び諂(へつら)い、目下や考えを異にする他人には威圧的になる類の人間が、みなさんの周囲にもいることだろう。政治学では、このような態度が党派や国家レベルで浸透した状態を権威主義と呼ぶ。
 このように述べると、偉い学者の従者たちから罵(ののし)られるはず、というのは半分冗談である。しかし、権威主義には教科書的な説明では捉えにくい部分が確かにある。
 本書は、権威主義の走狗(そうく)となり、欧米各国で体制擁護や社会の分断にいそしむエリートたちの姿を描いたものである。権威主義の体制や運動の内側には、自発的にその担ぎ手となった人々がいる。邦訳ではと傍点つきで表された人々が、なぜ自由と民主主義の敵となったのかを探ることで、いまや世界の潮流となった権威主義の内実を本書は露わにしていく。
 登場するのは、ポーランドの国営テレビ社長、ハンガリーの博物館長、英国のジャーナリストや首相、米国の番組司会者、そしてもちろんアメリカの大統領など、国や立場、年齢もバラバラな雑多な人々である。著者が推察する権威主義に靡(なび)いた背景もさまざまで、一貫した説明は示されない。しかしだからこそ、エリートを誘い込む権威主義の引力の強さが際立つ。
 本書を出色のものとしているのは、登場人物の多くが著者の知人、かつての友人という点である。著者は、その経歴を通して各国の保守派と親交があった。だが今やその一部が、でっちあげの陰謀論を喧伝(けんでん)し、体制の権力者に媚び、そして著者を敵と認定し罵るようになっている。こうしてが傍点付きの知識人へと堕(お)ちてゆくさまを、著者は生々しくも冷静に、悲痛を押し殺した筆致で伝える。
 ネットで居丈高に異見を罵る、上司や権力者のために情報を隠蔽(いんぺい)し記録を改竄(かいざん)する公務員。本書を読めば随所に権威主義の露頭を発見できるようになるだろう。冒頭に挙げた類の人間を知的エリートの中に見てきた評者にとって、本書はまさしく身近なホラーであった。みなさんにとってはどうだろうか?
(三浦元博訳、白水社・2420円)
1964年生まれ。米国出身のジャーナリスト。『グラーグ ソ連集中収容所の歴史』。

◆もう1冊

エリカ・フランツ著『権威主義 独裁政治の歴史と変貌』(白水社)上谷直克ほか訳。

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