地域の事故防止に60年尽力 綾瀬交通安全協会の中西会長が勇退へ 「日光街道一斉街頭配置」を推進

2021年6月12日 12時00分
 地域の交通事故防止に60年間取り組んできた綾瀬交通安全協会(東京都足立区)の中西登喜男会長(89)が、6月で勇退する。区内を走り、栃木県まで続く140キロの日光街道の街頭で、途切れることなく交通安全を呼び掛ける「日光街道一斉街頭配置」を推し進めるなどしてきた。「日常的に交通安全の意識を持ってほしい」。死亡事故を1件でも減らしたいとの願いを後進に託す。 (佐藤大)

「日光街道一斉街頭配置」に参加する中西登喜男さん=2018年4月、東京都足立区で

 1948年、16歳のときに石川県から上京。親類を頼り台東区で冷凍機の取り付けの仕事を始めた。勤め先の会社が茨城県に移転したため50年に足立区の別の会社に移り、73年に区内で冷蔵庫の設置などを手掛ける会社を起こした。
 綾瀬交通安全協会に入ったのは61年。地域のボランティアに熱心な先輩に誘われたことがきっかけだった。当時は高度成長期。足立区の綾瀬署管内もトラックが行き交っていた。同年に管内で10人だった交通事故死者は、10年後には25人と倍以上に増加した。
 「事業所から気を付けてもらわないと事故は減らない」。安全運転管理者の法定講習を受けてもらおうと、自動車を業務で使う会社を回った。受講を渋るところもあったが、粘り強く説得。同署管内の受講率は現在まで46年連続で100%が続き、都内では大森署と並んで最も長くなっている。

コロナ禍でも交通安全を意識してほしいと作成した「日めくりカレンダー」を手にする中西登喜男さん=東京都足立区で

 日光街道では死亡事故が多発。2004年、足立区内4署管内の交通安全協会のメンバーらは、街道の各交差点に途切れることなく並んでドライバーに注意を促す取り組みを始めた。
 運動の輪は区や都の境を越えて広がり、春と秋の全国交通安全運動の初日に合わせ、日本橋から栃木・日光まで140キロを結ぶ活動に発展した。中西さんは「何とか事故を減らさなければ、という意識が広がった」と振り返る。
 綾瀬署管内の交通死者は年間2人ほどで推移していたが、昨年は5人に増えた。新型コロナウイルス禍で交通安全集会を開けず、啓発活動の機会が減っていることが背景にあるのではと、中西さんは心を痛める。
 そんな思いは、署員が考えた交通安全啓発の川柳を載せた「交通安全日めくりカレンダー」の作製を後押しした。中西さんもポケットマネーを出して計600部を作り、関係機関に配布する。「川柳のとおり守ってくれたら、事故は起きない」と浸透を願う。
 妻を19年前に亡くし、一人暮らし。会社は息子が継いだ。ふるさと石川に久々に帰郷しようと思ったが、コロナ禍でまだかなわない。「引退しても、交通安全運動があれば呼びますから」。署の交通課員の声に、目尻を下げた。

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