<芸道まっしぐら>太神楽師・鏡味仙成 葛藤の末に得た天職

2021年6月18日 07時12分

太神楽師生活を語る仙成=東京都台東区で

 獅子舞や傘回しで祝いの席に花を添える太神楽(だいかぐら)は、寄席で見ることができる。高度で華やかな技芸で観客を魅了する世界でいま、ひときわ輝きを放っているのが鏡味仙成(かがみせんなり)。中学時代にこの道を志し、一心不乱に修業を重ねている。エネルギッシュな芸が持ち味の仙成は「太神楽こそ天職」と言い切る。
 四月、東京・浅草演芸ホール。落語の合間に兄弟子の鏡味仙志郎と登場した仙成は、手から腕、肩へとまりを巧みに操る。続いて顎に棒を立て、房の付いた飾り棒や茶碗(ちゃわん)などを積み上げる難関の芸を次々と決め、客席から大きな拍手を浴びた。
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 子どもの頃、読み書きが苦手で、学校の授業やテストがよく理解できなかったという。家族も心配はしていた。
 そんな時に出合ったのが演芸だった。落語好きの両親に連れられて東京・池袋や新宿の寄席によく足を運び「シンプルな芸に感動した」という。学業との葛藤に苦しんだ中学時代、「(高校には)行かなくてもいいかな」と考えるようになった。漠然とだが「お祭りに関わる仕事をしたい」と進路を描くようになり、寄席で目にした太神楽に「これだ!」と行き着いた。
 太神楽師を養成する国立劇場の研修制度は、中学卒業者が対象。中三進級時では応募できず、太神楽曲芸協会会長の鏡味仙三郎の門をたたいた。仙三郎は一年間、毎月一回稽古をつけてくれた。
 最初は給排水の際に使う塩ビパイプを顎の上に立てる練習。ストップウオッチを手に、毎日何時間も練習した。「初めはゼロ秒で落ちても稽古しているうちに一秒、二秒と乗っている時間が延びてきます」
 本来、同劇場の研修期間は三年だが、師匠の推薦により一年“飛び級”扱いに。ここから二年間本格的に技芸を学び、前座修業の一年を経て十八歳で初舞台を踏んだ。努力して芸を習得すれば認められる世界。それだけに師匠は芸に厳しかった。「凡ミスはするな」と慢心を戒めた。
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 努力して技芸をクリアした時の達成感は、天職を得た喜びと重なる。プロとして独り立ちし、感謝の思いがあふれる。「普通に読み書きができていたら、太神楽師にはなっていなかったと思う」としみじみ。「高校に行かなくてもいい」と言ってくれた両親、そしてこの道に導いてくれた仙三郎師匠。その恩師は今年一月に他界した。「細心の注意を払って高座に挑め」との教えを胸に精進を誓う。
 太神楽は奥深いと実感する。コロナ禍で仕事は減ったが、「勉強することは山ほどある」とへこたれない。二つ目の落語家柳家小もんと「仙成小もんチャンネル」を開設し、ユーチューバーとしても活動している。落語家の師匠たちにインタビューし、芸に対する考え方などを学ぶなど貪欲な姿勢だ。
 「稽古の積み重ねこそ、芸の自信になる」と仙成。クルクル回す傘に乗せる升が「来場者のますますの繁盛を願う」というように、曲芸にはそれぞれ意味がある。仙成は進むべき道を見据え、「太神楽の神様は人の幸せを喜ぶ。悲しむ要素がないのが魅力です」と笑顔を見せた。高座から幸せを届けるために奮闘は続く。 (ライター・神野栄子)

兄弟子の鏡味仙志郎(左)とともに曲芸を見せる鏡味仙成=東京・浅草演芸ホールで

<寄席の色物の一種・太神楽> 起源は平安時代ともいわれ、伊勢神宮(三重県)や熱田神宮(愛知県)に伝わる獅子舞や曲芸などの神事信仰と結びついて発展した。江戸時代末期には寄席芸能として広まった。現在は、寄席で落語の間に披露される色物の一種として知られている。
 太神楽は獅子舞などの「舞」、傘回しやまり投げといった「曲芸」、茶番と呼ばれる「話芸」、笛や太鼓、三味線の「鳴り物」の4分野からなる総合芸能。
<かがみ・せんなり> 1996年12月11日生まれ。埼玉県出身。2014年4月、国立劇場の第7期太神楽研修修了後、鏡味仙三郎に入門し「仙成」。令和2年度国立演芸場「花形演芸大賞」銀賞を受賞。

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