コロナ禍五輪 TV各局どう対応 準備は着々 世論を見極め

2021年6月19日 07時24分

開幕まで1カ月余の東京五輪。果たして…

 東京五輪の開幕が一カ月余に迫っている。コロナ禍の暗雲は立ち込めたままで、不安視する声は依然多いが、開催強行の気配が漂う。テレビ界にとって五輪は最大級のコンテンツのはずだが、今回は勝手が違うようだ。それでも始まってしまえば、従来のような祝祭ムードが目立つ番組となるのか。事情通や識者に聞くと−。 (谷岡聖史)
 ちょっと前まで、各局の記者会見などでは中止になった際の対応が質疑で出ていて、NHKは「不測の事態は頭の片隅にあるが、まずは開かれた場合を大前提に準備を進めている」(正籬聡(まさがきさとる)放送総局長)、テレビ朝日は「レギュラー編成と特番を組み合わせた対応」(書面で回答)などとしていたが、現状は各局とも予定通りに準備を進めている。ただ、現段階では盛り上げ番組などは乏しく、世論や感染状況を慎重に見極めているように映る。
 五輪関連の番組といえば、タレントやメダリストを招いたにぎやかな演出が目立ち、批判もあった。しかし、放送権料の高騰などから、そうした制作手法も限界を迎えつつあるという。
 立教大の砂川浩慶教授(メディア論)は「始まれば各局は日々起きたことを表層的、断片的に流し続けるだろうが、五輪について立ち止まって考える番組も作るべきだ」と提言する。政治と五輪の関係、一九八四年米ロサンゼルス大会以降の商業化、国際オリンピック委員会(IOC)の汚職体質なども踏まえ、「多角的な伝え方が必要」という。
 日本での放送権は、NHKと日本民間放送連盟が一体となって取得し、東京大会は二〇一八年平昌(ピョンチャン)冬季との包括契約で、計約六百六十億円。二十年ほど前の大会と比べ三倍強になっていて、一二年ロンドンから平昌までおおむね赤字を記録している。砂川教授は「高騰続きで、将来的にはNHKと民放一、二系列程度に変わるかもしれない」と予測する。

8年前、東京大会の開催決定の瞬間。あの盛り上がりはいま…=2013年9月、ブエノスアイレスで(ロイター・共同)

◆テレビにはチャンス 大野茂・阪南大教授(放送文化論)

 IOCとの契約の詳細は不明だが、仮に中止となってもテレビ局は放送権料全額を払うわけではないだろう。保険などにより大損はしないのでは。いずれにしても、各局はいろいろな想定で準備しているはずだ。
 ただ、これだけインターネットに押されている中で、東京五輪はテレビが注目を浴びる4年に1度の最大のチャンス。コスト的には赤字でも、テレビの存在感を示す意味で、やはり開催を望んでいるはずだ。
 反対論も強いが、1964年の東京大会も直前まで一般大衆の反応は冷たかった。実際に始まれば視聴率は高いだろう。スポーツは結末の決まっていないドラマ。コンテンツとして非常に強力で、コロナ禍で閉塞(へいそく)感が高まる中、しかも1年も待たされた後の五輪は、大衆の感情が爆発するきっかけとなるのではないか。
 万が一、中止ならば過去の名作ドラマの再放送や、レギュラー番組の拡大版などで対応することになるだろう。日数に限りがあり、各局のセンスと腕が問われることになる。 (談)

◆反対貫ければ立派 桧山珠美(コラムニスト)

 いつもテレビの五輪は、好んで見なくても自然に目に入ってくるものだったが、今回は、開幕まで三十数日とは思えないほど「直前」の雰囲気がない。
 ワイドショーでは今、五輪開催を批判している。五輪ありきの新型コロナウイルス対策、小池都知事と丸川五輪相の対立など。でも、五輪が始まれば手のひらを返して盛り上げることになるだろう。先日の「めざまし8」(フジ系)でカズレーザーがそのことを疑問視したのは、テレビの現状の本質を突いていた。
 各局のスポーツ系番組を見ても、まだ正面から「五輪特集」ができていない。「五輪をやっている場合か」という視聴者の批判を恐れ、腰が引けながら五輪を「におわせる」だけ。
 逆に、開幕後も「五輪反対」を貫く番組があれば、日本のテレビも捨てたもんじゃない。NHKと民放全局が横並びで五輪一色になるのも問題。私のように、五輪よりドラマやバラエティーを見たい人も当然いる。今後、五輪から降りる勇気あるテレビ局がいたら、私は支持します。 (談)

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