<首都残景>(25)南沢あじさい山 花咲かじいさんの夢

2021年6月20日 06時32分

沢沿いの斜面で咲き競う「ちゅういっちゃん」のアジサイ。木立に囲まれた青や白色の素朴な花が梅雨空の下で映える。現在、南沢あじさい山まつり開催中(7月20日まで)=いずれもあきる野市で

 梅雨空の下に映えるアジサイ。これほど季節を感じさせる花もない。またこれほど手がかかる花はないのだという。
 「剪定(せんてい)が命さ。今年花が咲く枝、来年咲く枝は一目でわかる。切りすぎれば花は咲かない。全く切らなければ葉ばかりになる。この呼吸がわかるまでには、二年や三年はかかるよ」
 少し自慢げに話すのは南沢忠一さん(91)。またの名を「ちゅういっちゃん」。あきる野市深沢の山に一万五千株ものあじさいの群落をつくった人である。

枝打ちなどの手入れが行き届いた杉林の中に陽光が降り注ぎアジサイをはぐくむ

 始まりは五十年前だった。
 「先祖代々の墓が山の中腹にあってさ。お盆の墓参りに行く道を花で飾りたいと思った。それで庭にあったあじさい二株を植えたら親戚の人たちが喜んだ。人が喜んでくれるのは気分がいいな。それから毎年、株を増やして、こうなったわけだ」
 山持ちの南沢家の十八代目で、代々、杉などの山の木を育てる仕事に携わってきた。かつて林業は花形の仕事だった。戦後は首都復興のため木材をがんがんと切り出した。父から独立して新しい木材加工会社をつくり、社長として切り盛りした。
 だが、やがて高度経済成長の陰で国産材は値崩れし、林業は衰退する。山仕事を失って、三十五軒ほどあった深沢地区の家は一軒、また一軒と町に出て行った。今残るのは十軒ほどだ。
 そんな時代の流れを映すように、杉の根方に可憐(かれん)なアジサイの花が増えていった。
 当初は、本業の合間のたった一人の作業だった。株を植え、雑草を刈り、剪定する。十年ほど前から見かねた弟の南沢常勝さん(83)が手伝うようになった。そして三年前から、地元で育った若い起業家の高水健さん(31)らが仲間に加わった。

南沢家の墓のそばで話す南沢忠一さん(右)とあじさい山の管理を受け継ぐ高水健さん

 「花咲かじいさんがつくったあじさい山」をネットで宣伝すると、続々と見物客が集まり始めた。高水さんのアイデアで、あじさい茶の加工も始め、あきる野市の新しい名物になった。
 孫のような若者たちの活躍に「気持ちはうれしいが、花の扱いはいつまでたっても覚えないな」と師匠は苦笑い。
 今後はハナモモやセッコクランなども植えて、深沢を花の町にするのが、夢なのだそうだ。
 南沢あじさい山=電090(5540)9100
 文・坂本充孝/写真・戸上航一
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