慶喜の弟、渋沢栄一出世のキーマン・徳川昭武 「青天を衝け」に登場 ゆかりの松戸市沸き立つ

2021年6月21日 07時11分

戸定邸(後方)を背に出迎え準備万端の戸定歴史館の斉藤洋一名誉館長(前列右から4人目)らスタッフ。左は昭武の肖像パネル=千葉県松戸市で

 徳川昭武(あきたけ)を知っている人はよほどの歴史通だろう。江戸幕府15代将軍徳川慶喜の弟で、幕府崩壊で歴史の表舞台から消え、29歳で隠居。千葉県松戸市に住まい「戸定(とじょう)邸」を構えた人物だ。その「幻の将軍」がNHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」に登場した。ゆかりの松戸市では「昭武を全国に売り出すぞ!」と意気込む。

大礼服姿の54歳の徳川昭武(戸定歴史館提供)

 昭武役の板垣李光人(りひと)さんが今月十三日放送の第18話「一橋の懐」で初登場した。「二十三年前に昭武の大河ドラマはかなわぬはかない夢と諦めていた。生きてて良かった」。うれしそうに話すのは、戸定歴史館名誉館長の斉藤洋一さん(62)だ。時代考証を手伝った一九九八年の「徳川慶喜」での制作統括者とのやりとりを振り返る。
 昭武は一八六七年、十三歳の時に慶喜の名代としてパリ万博に派遣され、その後、欧州各国を歴訪。次期将軍候補を意味する「プリンス・トクガワ」と紹介された。「ナポレオン三世とも会っているし、そんなシーンがあるとドラマが華やかになるのでは」と素朴な思いを口にすると、「予算的に無理」とつれない返事。結局、一年間続いた兄のドラマで弟は「『あきたけ』の『あ』の字も出てこなかった」。
 そして二十三年後の朗報だ。「青天を衝け」の主人公渋沢栄一は、幕臣だった二十七歳の時に昭武の渡仏に随行した。この欧州で知見を広めたことが、後に「日本資本主義の父」と呼ばれる偉業を遂げる素地になったとされる。つまり渋沢活躍の礎で、昭武はキーマンなのだ。

マルセイユでの昭武(中央)一行。 後列左端が渋沢栄一(戸定歴史館提供)

 斉藤さんは「皮肉なことにパリ万博直後に幕府が瓦解(がかい)し、昭武の名前は忘れられた。勝者の歴史が正史と考えられがちだが、決してそうではありません」と、光から一転、歴史の影の人物となった昭武の研究に没頭した。
 一方、大河ドラマの影響で戸定邸(国指定重要文化財)と戸定歴史館の来場者にも変化が表れた。学芸員の小川滋子(ふさこ)さん(39)は「歴史好きな女性、特に若い『歴女』が増えた」と話す。
 慶喜役の草彅(くさなぎ)剛さんの熱烈な女性ファンが会員制交流サイト(SNS)に「戸定邸に来ました」と投稿。歴史館の展示室では慶喜と昭武の父である徳川斉昭(なりあき)の肖像画を見た二人組の女性が「竹中直人さんが演じたのはこの人。本当にそっくり」と会話も興奮気味。
 戸定歴史館では五月からSNSを使った情報発信を積極的に展開。昭武を演じる板垣さんのファンにもぜひ足を運んでほしいというが、気になるのは今後の登場頻度だ。皇帝ナポレオン三世に謁見(えっけん)するシーンは描かれているのか−。

子どもたちに昭武や戸定邸を知ってもらおうと制作した紙芝居(戸定歴史館提供)

 時代考証を担当した斉藤さんは「NHKの公式発表があるまで内容は言えません」と口が堅いが、その笑顔から推察するに期待はできそうだ。そしてドラマで取り上げられる効果をこう語った。
 「プロの役者に演じられることで、誰も知らなかった昭武を視聴者がイメージできる。それをきっかけに歴史上の昭武はどういう人物なのか興味や関心を持ってもらえれば」
文・牧田幸夫/写真・伊藤遼
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