<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ>(26)「底辺」3作 読み比べ

2021年6月21日 07時52分
 ここで紹介する漫画はなるべく、書店で自分で買ったものを語ろうと思っているが、出版社から謹呈された本にも目は通すことにしている(好みにあまりにも合わないときは途中でやめてしまうが)。
 少し前に届いた『細野不二彦初期短編集A面』は、初期とあるのになぜか巻頭掲載作「白(はく)×墨(ぼく)」は昨年の筆で、母子家庭で新聞配達で家計を助ける少年が流行(はや)りのeスポーツで活躍していこうとする筋だった。

細野不二彦『細野不二彦 初期短編集』 *A面、B面の全2巻。ともに6月発行。小学館。

 その次に届いた山崎紗也夏『アンダーズ<里奈の物語>』(原作・鈴木大介)は、スマホ時代の風俗嬢を描いたもの。ファミレスに待機して指名を待つ彼女らは宿無しだ。スマホがある現代人にとって「居場所」は自由だといえるが、ラブホやカラオケに寝泊まりする彼女らは皆、明らかに切羽詰まっている。

原作・鈴木大介 漫画・山崎紗也夏『アンダーズ <里奈の物語>』 *ニュースサイト『文春オンライン』で連載中。24日に1巻が発売される。文芸春秋。

 どっちも現代的で、どっちも貧乏だ。そして今日届いた福満しげゆき『ひとくい家族』も第一話からド貧乏! 貧乏ゆえ、比喩でなく人肉を食べて暮らす一家を描いている。
 細野作品の筋運びの安定感、山崎作品の描くヒロインの健康的な気配、福満作品のあっけらかんとした身も蓋(ふた)もなさ、いずれも作者の持ち味が出て面白かったが、出版社からの封筒を開けるたびの貧乏三連荘(さんれんちゃん)に驚きもした。

福満しげゆき『ひとくい家族』 *漫画配信サイト『webアクション』で連載中。既刊1巻。双葉社。

 一九八〇年代の大ヒット漫画『ドラゴンボール』の第一話における主人公はブルマという少女だ。彼女の父親は大会社の社長。暇も金も潤沢な彼女は平凡な日常に飽き、気ままな冒険の旅をしている。
 三月に当欄で紹介した『チェンソーマン』の第一話の、主人公デンジの両親は借金まみれで他界。デンジの望みは「食パンにジャム塗って食う」こと。第一話だけを並べると本当に同じ少年ジャンプ掲載作品なのかと思う。
 過去にも漫画が「貧乏」に近しい時代はあった。長屋暮らしの星飛雄馬に『ドカベン』の山田太郎。中流家庭らしい『ドラえもん』の野比家にも、マイカーやクーラーはない。『サザエさん』の波平の会社での役職は連載が進むごとに下降した。漫画内人物が貧乏であることは、読者の親しみやすさの条件だった。
 令和の今、漫画では再び貧乏が描かれているわけだが、それは「親しみやすさ」のための表現だろうか。
 貧乏というより「底辺」。先の三作で最も「かつての漫画」のふるまい(新聞配達)をみせている「白×墨」の主人公は「底辺」の自覚を強く抱いている。美少女から興味を持たれているのに、自己評価を底辺に「定めて」いるのだ。
 『アンダーズ』の里奈は、男たちに食い物にされぬよう機知を働かせるし、『ひとくい家族』のお父さんは冴(さ)えない風貌に似合わぬ超絶アクションで獲物を仕留める。どちらも漫画内人物らしく躍動してみせるが、その先の立身出世や、派手な一発逆転という明るい「ビジョン」が(今のところ)ない。どちらもウェブ連載作で、読者たちがスマホ画面から顔をあげてみえる世界の「ビジョン」のみえなさと相通じているのだ。細野作品だけ、eスポーツで得られる大金をナレーションで語り、夢を提示してみせるのがベテラン作家の手つきであり、そこには併録の「初期」作品に通じた懐かしさや優しさもみられる。ぜひ三作、読み比べてみてほしい。(ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

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