民主主義と権威主義

2021年6月22日 08時19分
 香港国家安全維持法の施行から間もなく一年となる。民主派を抑え込み、権威主義を強める中国。一方、選挙を通して民主化を実現したミャンマーではクーデターが起き、軍事政権が生まれた。強まる権威主義、衰退する民主主義。世界はどこに向かおうとしているのか。

<民主主義と権威主義> 政治学では、非民主主義の体制を権威主義とする考え方もあれば、民主主義と全体主義の中間にあるのが権威主義とする捉え方もある。民主主義の定義もさまざまだが、米国の政治学者ハンチントンは、著書『第三の波』で、自由で公正な選挙に基づく政治システムを民主主義と定義し、それは「言論、出版、集会、結社という市民的、政治的自由の存在を含んでいる」と述べている。

◆先進国も問題に直面 アジア経済研究所上席主任研究員・川中豪さん

 ミャンマーでは、軍事クーデターで民主政権が崩壊しましたが、こうした形で民主主義が崩壊した国は、二〇〇〇年代以降の世界では多くはありません。むしろ、市民の自由が徐々に制限されて民主主義が侵食される国が目立っています。
 一九七〇年代から九〇年代の「第三の波」の時期、世界中で多くの国が民主化しました。しかし、それら新興民主主義国では期待したほどには民主主義が機能せず、国民の間に疑問や不満が生じました。そうした中、言論や結社の自由といった民主主義を支える自由が侵害され、司法など大統領や首相の権力乱用を防ぐための監視システムが権力者の介入によって働かなくなっている国が出てきました。
 一方、権威主義体制の国では、強権的な支配が強化される傾向があります。中国は、習近平国家主席の下、国政の中心に権力を集中させています。香港政策もその一環でしょう。ロシアでは、エリツィン政権時代には権威主義が弱くなりましたが、プーチン政権では、中央の権力が地方を統制しています。
 中国は、他の権威主義的な国や民主主義が後退している国を支援し、国際的影響力を強めています。ただ、それは「権威主義が機能する中国をお手本に」という動きとは違います。もっとも、問題を抱える民主主義がその魅力を訴えられないということの影響はあるでしょう。
 先進国でも民主主義は、さまざまな問題に直面しています。グローバル化と情報技術(IT)の発展で社会が大きく変わっているのに、既存の民主主義制度が、その変化に追いついていないのが現状です。
 例えば、政党はかつて重要な意味を持っていましたが、今はSNS(会員制交流サイト)で政治家が直接発信することができます。個性の強い政治家が極端な発信をして支持者を取り込むことができるのです。それはポピュリズムや分極化につながります。分極化が進めば、利益の調整は困難になります。
 民主主義が不安定化する要因をもう一つ挙げるなら、中間層の没落です。産業化の過程で厚みを持って育ってきた中間層は民主主義の土台を支えてきました。そのコア層が衰退し、所得格差も拡大しました。産業構造の変化が社会構成を変え、先進国の民主主義が揺らいでいると言えるでしょう。 (聞き手・越智俊至)

<かわなか・たけし> 1966年、埼玉県生まれ。博士(政治学)。専門は比較政治学、新興民主主義研究。著書に『後退する民主主義、強化される権威主義』(編著、ミネルヴァ書房)など。

◆弱者守る政策調整を 東京大教授・阿古智子さん

 香港が中国に返還された一九九七年七月一日、香港大の大学院生だった私は香港にいました。体制が変わることを不安視して、カナダやオーストラリアに移住する人もいましたが、多くの香港人は、経済発展を続ける中国と関係を強化する必要があると考え、返還を喜んでいました。私自身も、香港の影響で中国は良い方向へ変わっていくだろうと思っていましたが、その判断は甘かったです。
 後に民主党の党首を務めたエミリー・ラウさんがジャーナリストだった八四年、中英共同宣言署名後の記者会見でサッチャー英首相(当時)に「香港の五百万人以上を共産主義独裁体制の手に渡すことを約束した共同宣言に署名したことは、道徳的に許されるのか」と問いただしましたが、彼女の懸念通りになってしまいました。
 香港国家安全維持法が昨年施行される前から、かなりの数の人たちが中国当局に拘束されています。中国国内に目を向けると、習近平国家主席に毛沢東ほどのカリスマ性はないし、中国共産党が打ち出す社会主義を信奉する人はほとんどいません。共産党上層部は、体制が盤石ではないということを敏感に察知して、早め早めに体制維持に動いているように見えます。
 新疆ウイグル自治区の住民が中国政府を肯定する映像が世界に発信されていますが、恐怖をあおる体制下で果たして本当のことが言えるのでしょうか。この地域と関わりが深い日本企業は、住民が幸せを感じながら働いているのか、ぜひ独自の調査をしてもらいたいです。
 中国当局に逮捕拘束されている一人に北海道教育大の袁克勤(えんこくきん)教授がいます。日本の情報機関とつながっていたとしてスパイ罪に問われたのです。日本に問題が突きつけられているのに、政府は何も言おうとしない。袁教授は中国籍ですが、長年、日本で研究を続け、納税もされている。国籍が違うから何もできないで済ませていいとは思えません。国や企業が連携して、中国の権威主義に対抗していくべきです。
 香港の自治が侵食されていくのを指をくわえて見ているだけでは、世界は民主主義を維持できなくなる。社会的な弱者の声を聴き、その人たちの権利を保障するための政策を調整していくことができるか。その姿勢が私たちに問われています。 (聞き手・中山敬三)

<あこ・ともこ> 1971年、大阪府生まれ。現代中国研究、比較教育学。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)『香港 あなたはどこへ向かうのか』(出版舎ジグ)など。

◆「非西洋」敵視する図式 哲学者・西谷修さん

 「民主主義」対「権威主義」は、民主主義を自称する側が「敵」を名指すための図式です。西洋が普遍化した世界秩序を維持するための新手のイデオロギーです。秩序に服する国々が民主主義、従わない国々は権威主義と規定され非難され、その国の人びとを解放するという話になります。イラク戦争時の「ならず者国家」と同じですね。
 今、権威主義といわれるのは第一に中国、そしてロシア、イスラム世界のイラン、米国に服さないキューバなど中南米の国々も入ります。私はこれらの国で起きている人権侵害を善しとするものではありません。しかし、それをもって民主主義の自分たちは正しく、それに従わない国々や政権は許さないという独善に世界を巻き込もうとするのはどうなのか。米国の姿勢はすでに戦争前夜のようです。
 根本にあるのは歴史の没却です。近代百年の中国はどうだったか。西洋列強と日本に食い物にされてきた。香港はその象徴です。中国の自立の戦いが起こり、辛亥革命と対日戦争を経て最終的に共産党が国をまとめた。ようやく戦後世界でオートノミー(自治)を確保しました。そんな歴史を無視して、西洋の言うことを聞かないからたたくというのは懲りない独善です。
 民主主義とは何でしょうか。地域に生きる人々のオートノミーが保障されることだと私は考えます。それは西洋の専売特許ではない。日本の一揆もそうでしょう。しかし、西洋は民主主義を個人の自由に基づく近代の社会システムと結びつけて概念化しました。
 この自由は、ジョン・ロックによれば私的で排他的な所有に基づいています。欲望は解放され、世界の端にまで所有を広げていきました。飽和状態になった中で起きたのが二つの世界大戦。その反省から戦後は協調が唱えられたのですが、障害になったのがイスラム世界であり、今や中国です。西洋には、アジアは遅れた段階にあるという考えが今も残っています。アジアの人間には個人の自由が分からない。つまり、権威主義であり近代社会の趨勢(すうせい)になじまないというわけです。
 西洋世界は自分たちが普遍的基準だとの思い込みから抜けられず、いまだに非西洋を追い詰めようとします。権威主義という用語が今またその道具の一つになっているようです。 (聞き手・大森雅弥)

<にしたに・おさむ> 1950年、愛知県生まれ。近著に『私たちはどんな世界を生きているか』(講談社現代新書)、『“ニューノーマルな世界”の哲学講義』(アルタープレス)。

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