「タクシーは内緒で話を聞いて慰められる空間」 自殺率の高い韓国でベテラン運転手が乗客を見守り自殺予防

2021年6月22日 17時00分
 先進国でも自殺率の高さに悩む韓国で、首都ソウル近郊の仁川インチョン市が取り組む自殺予防策が注目されている。その象徴的な存在が地元のタクシー運転手の見守りボランティア。韓国語で「アジョッシ(おじさん)」と呼ばれて親しまれるベテラン運転手たちが人生経験を生かし、乗客の命を守る。 (ソウル・相坂穣、写真も)

韓国・仁川市で10日、タクシーの客席に自殺防止機関の連絡先が入ったパンフレットを設置する運転手の李相吉さん

 「タクシーはつらい話を内緒で聞いて慰めることもできる空間。人を助けながら自分も成長している」。運転手の相吉サンギルさん(52)が2年前の体験を紹介した。
 2019年3月の夕方、若い女性が布団など大きな荷物を抱えて乗り込んできた。女性が携帯電話で姉らしき相手と話す内容を聞き、家出だと察知。李さんは「お客さん、人生を生きていれば、大変な時もあれば良い時もありますよね?」と話し掛けた。
 「おじさん、聞いてもらえますか」。女性は、恋人から婚約を破棄され、自分は必要のない存在だと死を考え、家を出てきたと打ち明けた。李さんはまず、両親や自殺予防センターに連絡させて自殺を思いとどまらせた。後日、女性から感謝の電話を受けた。

「生命愛タクシー」のステッカー

 韓国は、経済協力開発機構(OECD)加盟の先進37カ国で最悪の自殺率で知られ、最新統計(15~18年)では、人口10万人当たりの自殺者数が24.6人で、日本の14・9人の1.7倍に上った。
 中でも仁川市は11年、10万人当たりの自殺者数が32.8人を記録し、ソウルや釜山など7大都市で最悪となった。仁川国際空港を擁する産業都市として発展した一方で、経済問題や心身の不調を抱える市民も増えたためとみられる。
 市は同年、自殺予防センターを設置して臨床心理士らによる精神面のケアに加え、貧困層への経済支援も強化。自殺未遂をした人や家族を自殺で亡くした人などの見守りにも力を入れた。ただ、自殺を考えるほど追い込まれた人らが自発的に相談窓口を見つけ、接触するのは容易ではない。

仁川市で10日、「生命愛タクシー」のステッカーを笑顔で示す李相吉さん㊧と市自殺予防センター職員

 そこで1日平均200~300キロを走り、30人前後の客を乗せるタクシー運転手に着目。17年に「生命愛タクシー」と銘打ち、不安な言動のある客に自殺予防センターの電話番号などを記したパンフレットを渡してもらう制度を導入した。ボランティアの運転手は約3時間の講習で、落ち込んだ客への接し方などを学び、5年目の今年は600人まで増加。夜間に橋の上など人けのない場所で降ろしてほしいという客に声をかけるなど、成功例も増えた。
 こうした取り組みで市の人口10万人当たりの自殺者数は19年に25.9人となり、11年に比べて6.9人減少。今後5年間でさらに毎年1人ずつ減らす目標を掲げる。
 タクシー運転手の成功を受け、街中の薬局の薬剤師にも見守りボランティアの依頼を進め、橋などに投身防止のフェンスを設置するなど、新たな対策も始める。市の担当者らは「隣人を助け合う健康な都市に向かってさらに前進していきたい」と意気込んでいる。

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