<わたしの転機>新天地 ただ今勉強中 大手損保役員を退任後、介護の職場に

2021年6月23日 07時46分

昼食の配膳をする中井康裕さん=東京都世田谷区で

 現役時代は、大手損保会社の役員や関連会社の社長を務めた東京都世田谷区の中井康裕さん(72)。10年前に退任後、悠々自適だったが、70歳から週2回、介護施設でパートを始めた。家族や会社員時代の仲間の死や病に接し、「残りの人生はわずか。人のために役立ちたい」と思い立ったという。 (砂本紅年)
 大学を卒業後、旧安田火災海上保険(現・損保ジャパン)に入りました。主に保険金支払い部門、自動車販売店や代理店などへの営業を担当し、北海道・苫小牧から九州・福岡まで十回以上転勤。苦労もありましたが、さまざまな地域で暮らせて楽しかったです。
 役員を退任した六十二歳から大学の社会人講座などで英語を学びました。妻と海外旅行をし、毎週のように映画館通い。フルマラソンやシニアのテニス大会にも出場。退職後の解放感を存分に味わっていました。
 でも、徐々に会社の先輩や後輩など親しい人たちの訃報が届きだしました。妻や長男の病気も重なり、「自分も健康でいられるのはあと十年ぐらい。命は残りわずかしかない」と思い至りました。「このまま自分だけのために生きていていいのか。元気なうちはもっと人のためにできることがあるのでは」と自問自答もし、ボランティア活動を探すようになりました。
 そんな時、OB向けの社内報が目に留まりました。グループの介護サービス会社の社長になった後輩が「介護施設で働いてみませんか」と呼び掛けていたのです。後輩の顔が思い浮かび、自分でもできるなら、と応募しました。
 勤務地は東京都世田谷区の「SOMPO(ソンポ)ケア ラヴィーレ二子玉川」。入居者約五十人の有料老人ホームで、スタッフは三十〜四十代が中心です。資格もなく、介護の世界も初めての私が受け入れられるか心配でしたが、みんな親切でした。
 週二回、一日三時間、お茶くみや配膳、食器の片付けなどをしています。入居者と体操やゲームもします。補助的な仕事ですが、若いスタッフが介護に集中したり、ほっとしたりする時間が少しでも増えたらと思っています。
 定期的に働くと毎日の生活にメリハリがつきます。現役時代と同じような仕事ならついOB風を吹かせてしまうかもしれませんが、全く違う仕事で学ぶことばかりです。当面は七十五歳まで働くつもりです。その年齢に達した時、その先どう生きるべきかが見えてくるだろうと思っています。

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