<人生会議 もしもの時に備えて>(5)尊厳ある「生」のために

2021年6月24日 07時41分
 かつての日本では自宅で息を引き取るのが当たり前でした。核家族化が進み、医療技術が発達し、病院で亡くなる人の割合が急増。一九七六年に自宅死を上回り、二〇〇五年には82・4%に達しました。自宅での最期を望む声が多いのに、依然として病院死は七割以上を占めます。
 病院死がピークに向かう中、医師が治療を中止して末期患者を死亡させる事件が次々と発覚しました。
 塩化カリウムを投与した東海大学病院事件(九一年)のように死期を早めたケースと、人工呼吸器を取り外した富山県射水市民病院事件(〇〇〜〇五年)のように死期の先送りを打ち切ったケースがありました。前者は執行猶予付き殺人罪が確定し、後者は不起訴となりました。
 患者の立場から見て、医師の助けを借りて自殺するのは「積極的安楽死」、延命を拒むのは「消極的安楽死」や「尊厳死」と呼ばれます。
 末期患者の処置を巡る責任追及を案じる声が医療界から上がり、厚生労働省は〇七年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定。本人の意思決定(インフォームドコンセント=十分な説明と同意)に基づく治療の差し控えや中止は認める考えを示しました。「尊厳死」のルールを定めたといえます。
 鳥取大の安藤泰至(やすのり)准教授(死生学)は「延命治療には苦しみを長引かせ、人の尊厳を奪うものであるかのような悪いイメージが刷り込まれてしまっている。従来の医療は病気を治すことばかり考え、治らなければ少しでも長く延命するという半ば機械的な対処に終始してきたためです」と指摘。生きることを安易に諦める風潮が広がらないでしょうか。
 本人の思いは心身の調子や新しい出来事、環境の変化によって揺れ動きます。最期まで希望に沿えるよう日頃の意思確認を重視する「人生会議」(ACP=アドバンス・ケア・プランニング)の概念は、一八年の改訂版「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」で登場しました。
 もっとも、日本臨床倫理学会副理事長の稲葉一人(かずと)・中京大教授は、ACPを効果的に行うには医学教育が重要になると指摘します。「医者は患者にとって良いことや害のないことをすることが、職業倫理だと教え込まれています。しかし、『医者が患者のIC(インフォームドコンセント)を取る』という言葉からも分かるように、患者の自己決定権を尊重する態度があまり身に付いていない。そこをきちんと学ばないと、ACPは医者が自分の価値観を押し付ける場になりかねません」
 安藤さんは「延命が悪いのではなく、そこに人間らしい命を吹き込むさまざまなサポートが大事。病気が治るか治らないかを問わず、QOL(生活の質)や尊厳のある生き方を最期まで支えるのが本当の医療だと思うのです」と話します。
 ACPは「尊厳死」を望むかどうかのみを話し合うものではありません。大切な人の最善をみんなで考え合う取り組みです。 (大西隆)
 =おわり
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