美名とされる暴力 『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』 公認心理師・臨床心理士 信田(のぶた)さよ子さん(75)

2021年6月27日 07時00分
 「最も身近な家族ほど、暴力的な存在はない」。そんなショッキングな言葉を語るのは、著書『母が重くてたまらない』などで知られる信田さよ子さんだ。四十年以上に及ぶカウンセラーの仕事を通じてDVや虐待、性犯罪などが家庭で起きていることを痛感した。実践から生まれた論考を、新書にまとめた。
 冒頭の言葉に私たちが衝撃を受けるのは、「家族は愛情で結ばれた共同体」という思い込みがあるからだろう。本書を読み進めると、そんな「常識」こそが被害者を苦しめてきた現実だと実感することになる。
 二〇〇〇年代の児童虐待防止法とDV防止法施行は、大きなパラダイム転換だった。それ以前は「家庭内は長らく『無法地帯』だった」。家族を束ねる男性(家長)から見れば、暴力など存在しない。「親や夫はやむを得ず『手を上げる』のであり、スパルタ教育も亭主関白も美名とされた。ちゃぶ台返しは笑いとして容認され、殴られるのは妻が生意気だからとされた」。「自分が悪い」と耐えてきた妻子が、法の制定で己を「被害者」と認識し、暴力をふるう家族を「加害者」と呼べるようになった。
 それでも「家族は良いもの」という固定観念は社会にはびこる。だからDVや虐待の被害者の多くは訴えを信じてもらえず、今も口を封じられる状態が続く。
 そんな実態が「国家の暴力と似ている」と信田さんは思った。きっかけは、戦時中に軍内部のリンチなどで心を病み、送還された日本軍兵士の調査研究書を読んだことだった。兵士らの存在は国によって隠された。「死をも恐れぬ」という軍隊イデオロギーに反したからだ。戦後、薬や酒の依存症となり妻子に暴力をふるう人も珍しくなかった。自分の受けた抑圧を、家庭内でさらに弱い者に向ける現象が起きていたのだ。
 今も、児童虐待やDVについて国は「防止」を打ち出すだけで、抜本的な禁止策を講じない。信田さんは「家族の暴力を告発する声が高まると、今度は家父長制を存続させたい政治的な動きが活発化する。家族とは、もっとも力関係の顕在化する政治的世界かもしれない」と語る。「だからこそ男女が平等であろうと努力する、虐待やDVの被害者が生き延びようとする、そんな一人一人の日常の小さな行動がレジスタンスなのです」と説く。角川新書・九九〇円。 (出田阿生)

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