稲田朋美氏とLGBT法案 男性社会に過剰適応続けた 過去の発言に内省を 中島岳志

2021年7月1日 07時00分
 性的マイノリティーへの理解増進のためのLGBT法案が、与野党間で合意案ができたにもかかわらず国会への提出が見送られた。その過程で、一部の自民党議員から「種の保存に反する」といった差別発言が相次いだ。
 この法案を自民党内でけん引したのは稲田朋美衆議院議員。彼女はこれまで歴史認識問題などでタカ派的発言を続け、イデオロギー的に安倍晋三前首相と近しい関係にあった。そのため、稲田がLGBT法案に熱心に取り組むと、支持者から「変質した」という批判が相次ぎ、支持団体・神道政治連盟の国会議員懇談会事務局長のポストからも外された。近年の稲田は、旧姓使用に法的根拠を与える「婚前氏続称制度」の導入やシングルマザー支援などに取り組んできたが、この変化はなぜ起きたのか。
 『文藝春秋』4月号に掲載された「女性差別反対はサヨクですか」の中で、稲田は防衛大臣辞任が大きなきっかけになったという。彼女は「人生最大の深い挫折感を味わい」、その中で「人の痛み、弱い人の立場を自分ごととして感じることができるようになった」と語る。そして、「保守の真骨頂は『寛容さ』」であるとし、多様性を認め、「他人の生き方を尊重」することが重要だという。「一方的な正義を振りかざし、議論を封じ込める態度は、保守とは決して言えません」
 二月に森喜朗・前東京五輪・パラリンピック大会組織委員会長が同委員会の女性理事について評した「わきまえておられる」という言葉が問題になると、稲田はツイッター(2月4日)で「私は『わきまえない女』でありたい」と発言した。「女性も少々空気読めないと思われても、臆せず意見を言うべきだから」というのがその理由だ。
 インターネットサイト「ビジネスインサイダー」は、3月8日に稲田のインタビュー(「稲田朋美氏が語る『わきまえていては突破できない』離れる支持層との間で抱える葛藤」)を掲載し、彼女の現在に鋭く迫っている。「女性で政界でポジションを上げていくと、発言の一つひとつが男性以上に批判にさらされるという実感はありましたか?」という質問に対して、稲田は「あるところまでは応援されるけど、ある一線を超えると急に批判が多くなると感じました。その一線はやはり大臣なのかなと」と答えている。
 防衛大臣時代、稲田はことあるごとに服装や装飾品について批判された。少し目立つ衣装をまとうと、インターネット上には冷笑の言葉があふれ、批判がエスカレートした。このことは精神的にこたえたと振り返っている。
 稲田は次のように率直に語る。「虚構の部分も含めて、保守の中のジャンヌダルク的な存在を担わされていましたが、等身大の私はそういう感じはなかったんです」。タカ派の論客として踏み込んだ発言を繰り返し、右派の男性たちの期待に沿った主張を叫んだ過去には、「虚構」があったと述べているのだ。
 「虚構」を捨てて、本当の姿に回帰したと言いたいのだろう。しかし、それは甘い考えだと言わざるを得ない。稲田はかつて、国歌斉唱に反対する学校教員に対して「そこまでして自分の信念を通したいのなら、教壇を去ってからにすればよい」と述べている(「偏向判決相次ぐ 司法の甘えた土壌を断ち切れ!」『正論』2006年12月号)。多様性を否定し、一方的な正義を振りかざして異論を抑え込もうとしてきた自己を、いまどう振り返るのか。
 彼女は「わきまえている女」として、右派男性たちの期待に応えてきた。虚構のジャンヌダルクを演じた結果、寛容な精神を破棄し、高圧的な言論を振りかざしてきた。稲田の激烈な発言によって、深く傷ついた人たちの痛みと向き合う覚悟はあるのか。そうできない限り、稲田の言論や行動は空転し続ける。
 これは稲田個人の問題ではなく、男性優位社会に過剰適応してきた女性に共通する苦悩だろう。その意味で、彼女が背負っているものは大きい。
 稲田は真摯(しんし)に自己の過去の発言と向き合い、深い内省を通じて現状を打破することができるのか。注視したい。
 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

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