政変で遠のくロヒンギャ帰還 小野木昌弘・論説委員が聞く

2021年6月29日 06時58分
 ミャンマー国軍の度重なる武力弾圧で、隣国バングラデシュに逃れたイスラム教徒少数民族のロヒンギャ難民。長年迫害され、無国籍状態にある。二〇一七年の大弾圧・大量流出から間もなく四年。軍事クーデターも追い打ちをかけて帰還は全く進んでいない。今後の展望などを国際NGO(非政府組織)に所属するジャーナリスト中坪央暁さんに語ってもらった。

<ロヒンギャ> 仏教徒が9割のミャンマーで、西部ラカイン州に暮らしていたイスラム教徒の少数民族。ベンガル地方からの不法移民集団とみなされ、ネ・ウィン独裁時代に国籍を喪失。1970年代から難民流出が繰り返され、2017年8月に起きた武力弾圧で約74万人がバングラデシュに流入。同国南東部コックスバザール県内に累計100万人超が滞留する。

◆バングラ支援 世界で ジャーナリスト・中坪央暁さん

 小野木 バングラデシュ側の難民キャンプの現状は。
 中坪 九十万人近くが過密状態のキャンプに収容されたまま事態が長期化しており、治安悪化など状況は厳しさを増しています。コロナ禍の影響もあります。人道支援活動を大幅に制限し、周辺地域より感染を抑え込んだ半面、難民の有給ボランティアなどの活動が停止され、主に男性がストレスをためています。国連やNGOの目が減ったことで、家庭内暴力や人身売買が増えてしまいました。
 バングラデシュ政府は難民の管理を強化し、昨年十二月以降、ベンガル湾のバシャン・チョール島に建設した収容施設への移送に踏み切りました。今年三月にはキャンプの大火災で多数の死傷者が出るなど、難民の不安は高まるばかりです。
 小野木 二月一日のミャンマーの国軍クーデターは、「難民の本国帰還」という大きな目標にも悪影響を及ぼしています。
 中坪 帰還後の安全が保障されず、百万人規模の帰還はもともと困難と考えていましたが、クーデターでほぼ絶望的になりました。紛争が収まったら戻ります、という構図ではなく、ロヒンギャはミャンマーという国家や社会から追い出された存在です。誰も彼らが帰ってくることを望んでいない状況が、一番つらいところだと思います。
 小野木 ミャンマーでは、ロヒンギャはベンガル地方(現バングラデシュ)からの不法移民とみなされていますね。
 中坪 ロヒンギャ問題は、一九六二年にクーデターで独裁体制を敷いたネ・ウィン政権時代に生まれた極端かつ偏狭なナショナリズムに根差した少数民族差別です。ロヒンギャは八二年以降、国籍を奪われて無国籍状態にあります。
 小野木 国ぐるみのヘイトにも見えます。でも、今回のクーデターで弾圧された民主化勢力の間で、ロヒンギャへの共感が生まれ、反国軍の「挙国一致政府」は帰還歓迎と市民権付与を表明しました。
 中坪 若い世代が「国軍と闘っている。助けて」とSNSで国際社会に発信すると「君たちはロヒンギャが国軍にやられた時に助けたか?」という反問が多かったそうです。国軍の残虐性を体験しロヒンギャとの連帯を真剣に訴える人々が現れましたが、それが世論全体を変えるまで広がるかは疑問です。そうあってほしいとは思いますが。
 小野木 ロヒンギャの側から見て、アウン・サン・スー・チー氏への思いはどうなのでしょうか。
 中坪 複雑な感情があります。ロヒンギャの人々はスー・チー氏を支持し、二〇一一年の民政移管後、民主化が進む中で自分たちの処遇も改善されると期待していましたが、仏教徒との衝突や国軍・警察による人権侵害はむしろ加速しました。
 そして、一七年の大弾圧の際、スー・チー氏は最高位の国家顧問でありながら積極対応せず「ロヒンギャを見殺しにした裏切り者」と失望感が広がりました。今回のクーデター後「今さらスー・チー氏には期待していないが、国軍支配に戻ったミャンマーには帰れない」というあきらめの声が聞かれます。
 小野木 スー・チー氏の本音はどうだったのでしょうか。
 中坪 軍事政権時代に制定された現行憲法の規定で、国軍を指揮する権限がないのですが、スー・チー氏自身はロヒンギャ問題を解決する意思を持っていたと思います。自らの強い意向で設立したアナン元国連事務総長(一八年死去)を委員長とする諮問委員会が、差別解消や国籍付与などの勧告を出したものの、勧告実現の公約を果たせないまま政権を追われた形です。
 小野木 スー・チー氏は一九年末、ミャンマーのジェノサイド(民族大量虐殺)条約違反を審理する国際司法裁判所で「民族浄化」の意図を全面否定し、国際社会から非難されました。
 中坪 一方で同氏はこの時「治安部隊が国際人道法を無視して過剰な武力行使を行った」と一般住民の殺害を含む国軍の人権侵害を認めています。精いっぱい踏み込んだ姿勢を見せ、断罪されるべきは国家としてのミャンマーではなく、国軍であると言いたかったのでしょう。
 国軍のミン・アウン・フライン総司令官に「次は自分で国際法廷に立ちなさい」と迫ったという話もあります。国軍は「売られた」と感じたでしょうね。今回のクーデターの背景の一つには、ロヒンギャ問題を巡るスー・チー氏と総司令官の個人的確執もあったと思います。
 小野木 ミャンマーへの帰還はクーデターでますます遠のきましたが、ロヒンギャ難民は今後どうなるのでしょうか。
 中坪 バングラデシュ社会が吸収していかざるを得ないのではないかと思います。バングラデシュの人々とロヒンギャはイスラム同胞であり、民族・言語の面でも親和性があります。例えばコックスバザール県の漁村ではロヒンギャが普通に働いています。過去に流入した難民など多数のロヒンギャ出身者が、不法滞在を含めて地域に広く溶け込んでいるのが実態です。
 小野木 バングラデシュ政府は「吸収」を認めるでしょうか。
 中坪 同国政府はロヒンギャを難民認定しているわけではなく、人道的な立場で一時的に受け入れているにすぎません。一日も早く帰還させるのが基本方針で、なし崩しの定住は決して認めないでしょう。しかし、現実問題としてミャンマーに送還できる状況になく、現地の関係者も「このまま帰還しないだろう」とうすうす感じています。
 小野木 その場合、国籍はどうなるのでしょう。
 中坪 国籍の付与は国家主権の根幹に関わる話なので軽々には語れません。しかし、かつてインドから流入した非ベンガル系イスラム教徒の難民に、半世紀を経てバングラデシュ国籍が認められた先例もあります。国籍は難しくても、キャンプで生まれた子どもに同国の出生証明を出すなどの措置はあり得るのではないでしょうか。
 近年は経済成長が続いているとはいえバングラデシュは貧困国。これだけの難民を保護している同国の忍耐と努力は国際社会の称賛に値すると思います。
 小野木 それにしても、ミャンマーの罪は重い。
 中坪 仮にバングラデシュ社会に吸収されるとしても、自国の少数民族を暴力で追い出したミャンマーの人道犯罪を追認する形になってはいけません。国際法廷でミャンマーの責任を明確にすること、そして日本をはじめ国際社会がバングラデシュを財政的・道義的に支え続けることが求められています。

<なかつぼ・ひろあき> 1963年、栃木県生まれ。同志社大卒。毎日新聞ジャカルタ特派員、国際協力機構(JICA)派遣の紛争地取材を経て国際NGO・難民を助ける会(AAR Japan)バングラデシュ・コックスバザール駐在。現在は東京事務局勤務。著書に『ロヒンギャ難民100万人の衝撃』(めこん)など。


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