西村泰彦・宮内庁長官の発言 五輪への懸念「拝察」の意味とは?

2021年6月29日 17時00分
 東京五輪・パラリンピック開催による新型コロナウイルス感染拡大を天皇陛下が懸念されているとした、西村泰彦・宮内庁長官の「拝察」。憲法で政治的発言ができない皇室関係者の意図をおもんぱかる表現だが、歴史を振り返ると、一方的な想像とも言い切れないケースもあるようだ。「天皇の政治利用」「象徴天皇制を揺るがす」との批判も多いが、そうなるのは予想されたはず。背景に何があるのか。(木原育子、石井紀代美)

◆長官が「拝察」すること自体は当たり前

 「拝察」。日常会話ではほとんど使われず、多くの人にとって耳慣れない言葉だろう。広辞苑によると、「察することの謙譲語」とあるが、皇室ジャーナリストの神田秀一さん(86)は「長官が『拝察』すること自体は当たり前のこと」と解説する。
 天皇の権威が軍部に利用された戦前の反省から、憲法は天皇について「国政に関する権能を有しない」(4条)と規定し、皇室の政治活動を厳しく制限している。その中で、宮内庁では天皇の気持ちを推し量り、「拝察」として発信してきた。

全国戦没者追悼式でお言葉を述べられる天皇陛下と皇后さま=2020年8月15日、東京都千代田区で

 ただ、中には天皇や皇太子の意向を反映しているのでは、という印象を受ける言葉もある。例えば2004年、当時皇太子だった天皇陛下が「雅子のキャリアや人格を否定する動きがあったことも事実」と発言して波紋が広がった際、当時の羽毛田信吾次長は「(天皇、皇后両陛下は)国民の多くはわかってくれるのではないか、とのお気持ちでおられるように拝察します」とコメントした。
 18年には、当時の山本信一郎長官が、昭和から平成の代替わりの関連儀式の過酷な日程について「両陛下は大変だったとのご様子で、今回のことをお気遣いなされていると拝察している」と発言。代替わり儀式の簡素化が課題となった。

◆首相の「内奏」直後の発言は極めて異例

 繰り返されてきた「拝察」。それでも今回の西村長官の発言には、40年余皇室を取材してきた神田さんも驚いたという。たった2日前、菅義偉首相が天皇陛下に国政について報告する「内奏」をしているからだ。「これまでの経験ではありえないことで、内奏直後のタイミングは極めて政治的。きな臭さしかなかった」

西村泰彦長官

 五輪誘致を巡っては政治と皇室が「何度もぶつかった」と、宮内庁の元広報担当で皇室ジャーナリストの山下晋司さん(64)は振り返る。16年五輪誘致の際には、当時都知事の石原慎太郎氏が、当時皇太子だった天皇陛下のIOC(国際オリンピック委員会)総会出席を要請したが、宮内庁が拒否。石原氏は「木っ端役人」と宮内庁をののしり、物議を醸した。
 20年誘致でも高円宮妃久子さまにIOC総会に出席してもらうことが、皇室の政治利用に当たるかどうかで揺れた。当時の風岡かざおか典之長官は「苦渋の決断。天皇、皇后両陛下も案じていらっしゃると感じた」と語ったが、当時官房長官だった菅首相は「両陛下の思いを推測し、言及したことに非常に違和感を感じる」と批判した。
 今回、菅首相は西村長官の「拝察」を「長官個人の発言だ」と火消しに回っている。しかし、世間では「政治利用」を批判する声も上がる。政治評論家の板垣英憲さんは指摘する。
 「自民党は選挙のために何が何でも五輪を成功させたいはずで、その道を阻むものがあれば容赦ない。言葉には反射光があり、自民党は昔からその光をかわすことが巧みな党だ。そもそも、五輪で皇室を利用してきたのは自民党政権の方なのに…」

◆「天皇は国政に関する権能を有しない」と憲法で規定

 今回の発言には、別の角度からの批判も出ている。社民党はツイッターの党公式アカウントで「宮内庁長官の立場にある人物が『拝察』という形で天皇の名で政治的意見を発する、ということが起きています。象徴天皇制を揺るがす大変問題のある発言です」と発信。共産党の志位和夫委員長も25日の都議選の第一声終了後、「天皇は憲法で政治に関わらないことになっており、それをきちんと守ることが必要」と記者団に述べた。
 象徴天皇制を揺るがす、とはどういうことなのか。
 憲法1条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定し、国政に関する権能を有しないとした4条は「この憲法の定める国事に関する行為のみ」を行うと定めている。これらの行為でも好き勝手に行えるわけではなく、「内閣の助言と承認」(3条)が必要とされている。
 戦前・戦中の日本は、大日本帝国憲法に基づき、天皇は「統治権の総攬そうらん者」と定められた。これが軍国主義につながったという認識のもと、新しい日本国憲法では国民主権が柱に据えられた。九州大の横田耕一名誉教授(憲法)は「天皇には一切政治に関わらせず、国民が決める仕組みに変わった。こうして結実したのが、象徴としての存在と、国事行為しか行わせないというものだった」と説明する。
 天皇の国事行為は6、7条に列記されており、国会の召集や衆議院の解散、総理大臣や最高裁長官の任命がある。よく報道される植樹祭の出席や全国各地への訪問は該当しない。
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