若い人に生き方示して 住職が説く「終活より大切なこと」 千葉県成田市の長寿院・篠原鋭一さん

2021年7月1日 07時22分

「死を身近に感じたら、会いたい人に会いに行って」と指摘する篠原鋭一さん=千葉県成田市で

 元気なうちに人生の最期を迎えるためにさまざまな準備をする「終活(しゅうかつ)」。千葉県成田市の長寿院住職の篠原鋭一さん(76)は「自分の墓や葬式の準備より大事なことがある」と言う。自殺志願者の相談活動を続け、近年は高齢者の悩みの相談も受ける機会が多い篠原さんに、その真意を聞いた。 (長久保宏美)
 −エンディングノートや葬式費用がまかなえるという死亡保険など、終活が注目されてますが、どう受け止めますか。
 篠原 元気なら生きているうちにやるべきことが別にあると思います。一つは自分より若い人たちに「こんな年寄りになりたい」と思わせるような生き方をすること。まあ、難しいことではなくて、元気で笑顔で、仕事や趣味に生きている姿を見せることでもいい。もうひとつは、これまで迷惑をかけたり、世話になったりした人に恩返しをすること。これらを実行して死ぬのが終活です。
 −例えば、どういうことですか。
 篠原 講演会や集会で、十〜三十代の若者と対話することがある。よく耳にするのは(1)大人がみんな疲れているように見える(2)人生で大事なことを教えてくれない(3)こんな大人になりたいと思う大人が身近にいない−ということ。高齢者にとって年下の者は人生の弟子。一つでいいから人間の生き方として大事なことを教えてあげてほしい。
 そして、いよいよ自分の死というものを身近に感じるようになったら、世話になった人、会いたい人に会いに行くといい。まあ、実はそんなにたくさんいるものではない。コロナ禍だから電話や手紙でもいい。感謝の気持ち、あるいは謝罪の気持ちを伝える。人って、何かを他者に伝えてから死を迎えたいのです。
 −自分の人生を俯瞰(ふかん)して気持ちを整理できると。
 篠原 先日、高齢のご婦人から電話で相談がありまして。「よい死に方を教えてほしい」と。それは「よい生き方をするしかないですよ」と答えました。
 こういうことがあった。数年前、東京のJR日暮里駅近くの焼き鳥屋で飲んでいたら、初老の男性が近寄ってきて「自分のホームレス仲間の男が間もなく病気で死にそうだ。火葬は公費でやってくれると思うが、拝んでくれる人がいない。あなた一緒に火葬場に行ってくれないか」と言った。
 作務衣(さむえ)姿で焼き鳥を食べていたから僧侶だと思ったらしい。病気だという七十歳代の男性は荒川の河川敷で生活していて一度、一緒に安い酒を飲んだ。有名な電機関係の会社を早期退職したこと、家族と関係が悪かったこと。そして、人生を振り返って「まあ、ここまできたら、まあまあだったかな」と肯定するわけ。
 −行き倒れ人として死んでいくことを後悔していないと。
 篠原 そう。火葬場には彼の仲間が数人しかいなかったけど、お経の心配までする仲間がいたということは、男性がホームレスとしても良い生き方をしてきたということ。肉体は無くなっても、その人が生きた証しや時間、行為を覚えている人がいれば、その人たちのなかに生きている。
 穏やかに死ぬためには「それなりに自分の人生を送ることができた」「まあまあ良い人生だった」と受け入れる準備をすることが大切です。お金で買えないんですよ、こればっかりは。
<しのはら・えいいち> 1944年、兵庫県生まれ。駒沢大仏教学部卒。NPO法人「自殺防止ネットワーク風」代表。全国に相談窓口を開設して自殺志願者の相談を続ける。高齢者を中心に特殊詐欺被害者からの相談にも応じる。「もしもし、生きてていいですか?」(ワニブックス)「どんなときでも、出口はあるよ」(WAVE出版)など著書多数。

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