《ようこそ!マイホームタウン》岸谷 香×自由が丘 わたしの青春に欠かせなかった街

2021年7月28日 10時00分

学生時代の楽しみが詰まっていた


 自由が丘をご紹介いただくのは、先月(前回紹介)に引き続き、ミュージシャンの岸谷香さん。自由が丘は、小学校と中学校時代に通学の際に経由していた、縁の深い街だという。当時の思い出を振り返りながらたっぷりと語っていただいた。
「自由が丘は遊び勝手がよい場所でしたね。とくに中学生になってからは、自由が丘に行くために学校へ通っていたといっても過言ではないです(笑)。当時は制服で買い食いしても許される時代でしたので、学校の帰りには必ず寄り道していました。サーティワンにケンタッキー、ダンキンドーナツ……。今はおしゃれな街というイメージですが、当時は80年代の洋楽がかかっているカフェバーがいくつもあったり、マニアックなレコードばかりが置いてある店や、画材屋さんも多かったんです。彼氏ができるとデートをしたり、軽音部のほかに美術部も掛け持ちしていたので、筆や画材を見に行ったりしていました」。
 キラキラと目を輝かせながら語られる当時の自由が丘は、岸谷さんにとって、楽しい思い出が詰まった場所だったことが想像できる。当時はどんな音楽が好きだったのかと尋ねると、「80年代の曲は全部好き!」という答えが返ってきた。
「テレビ番組の『ベストヒットUSA』でかかる曲は全部知っていました。The PretendersにSting、Deep Purpleなどはよく聴いていました。通っていた中学校の音楽室は楽器が充実していて、ドラムもアンプもシンセサイザーもあったんです。進学校だったので、音楽に興味がない子が多かったから使い放題でした。YMOのコピーバンドをやったりして、楽しかったですね」。

デビューの報告も自由が丘で


 当時はピアノが得意だったことから、まずシンセサイザーを弾くようになり、そのあとドラムを叩くようになったと話す。
 「小学校時代にさかのぼりますが、通っていた小学校にはドラムセットがあって、ちゃんと叩けるかどうかのテストに合格すれば、そのドラムセットを叩けることになっていたんです。なので、定規をスティック代わりにしながら家で練習して、速攻でテストを受けて、学年で一番にドラムを叩いていました(笑)」。
 ドラムを演奏していると、前列で演奏するのも楽しそうだなと思い始め、次に挑戦したのは、ボーカルでもギターでもなく、ベースだった。
「ギターは、小学生のときに一度、親にアコースティックギターを買ってもらったんです。けれども、弦を押さえられなくて挫折したんですよ。ベースだったら弦が少ないのでできるかなと。なので、歌とギター以外を軽音楽部で経験していました。なのに今は、ギターを持って歌っている。神様のいたずらだなと思っています」。
 こうして音楽にのめりこんでいった岸谷さん。高校に進学後、大岡山の駅でたまたまガールズバンドのメンバー募集オーディションのポスターを見かけて応募したところ、見事合格し、プリンセス プリンセスとしてデビューすることに。デビューが決まったときにも自由が丘に行き、当時岸谷さんが通っていたというカフェ『ラズベリーヒル』で友達に合格の報告をしたそうだ。
 「マジ受かったの! やるの!? みたいな会話をラズベリーヒルでした覚えがありますね。そのときだけでなく、自由が丘では、将来の話を友達と語っていた覚えもあります。今思えば、そうした友達との時間がとても大切だったなと思いますね」。

子育てで、再び通うように


 その後、ミュージシャンとして活躍するにつれ、次第に自由が丘から遠ざかってしまう。けれど、結婚、出産を経て、再び自由が丘に通う機会が訪れた。
 「息子の塾が自由が丘にあったので、また家と自由が丘を往復する日々が始まったんです。その頃はちょうど、プリンセス プリンセスの再結成も重なって、忙しくてあたふたしていたときでしたね。思い入れがあるのは、学園通り沿いにあるスターバックス。塾に行く前に、息子に急いで軽食を食べさせていた場所なんですよ。それと、受験は子どもの長所をものすごく探さなきゃいけないんです。子どものいいところって何だろう、と。息子が塾から出てくるのを待っているあいだ、車のなかでそんなことを考えていたのもいい思い出です」。
 音楽活動に、子育てにと、目の前のことにいつも全力で取り組んできた岸谷さん。これから挑戦したいことについても伺った。
「今年で子どもたちは20歳と18歳になります。自分の時間や情熱を注いだ子どもたちがようやく飛び立つ。私は、子どもたちについていける母親になりたいと思っているんです。すでに立場が逆転して、私が教わることも増えてきたけれど、何かに挑戦し続けていたいと思っています。具体的には英語を学んでいます。子どもの留学や、ニューヨークでのレコーディングをきっかけにスタートして、3年ほど続けています。目標がないと続かなかったり、覚えようとしても頭に入らなかったりするけれど、英語は辞める理由が見つからないんです。3年前よりは確実にできるようになっているし、今後も英語は学び続けていきたいです」。
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◇自由が丘図鑑 岸谷香さんオススメスポット


バゲットラビット 自由が丘店
多くのパン好きが訪れるベーカリー。しっとり、もっちりとした食感のブールが名物。「駅からはすこし離れていますが、とても好きなお店です。自由が丘にいるお友達が遊びに来てくれるときは、買ってきてってお願いしちゃいます」
目黒区自由が丘1-16-14 プルメリア自由が丘1F
バゲットラビット 自由が丘店


まんぷく 自由が丘店
おいしいお肉と居心地のよさから、自由が丘で愛される焼肉店。「子どもが塾に行っているあいだに、親同士でよく食べに訪れていました。子どもたちには、塾が終わったら来なさいね、って伝えて。夜も子ども連れで食べに来られる雰囲気なのもよかったです」
目黒区自由が丘2-9-12 自由が丘エムワイビル2F
まんぷく 自由が丘店
※新型コロナウィルス感染症の影響で、掲載したお店や施設の臨時休業および、営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
岸谷香さんのサイン入り色紙プレゼントは終了いたしました。
ありがとうございました。
◇PROFILE
岸谷 香
1996年5月31日、武道館公演をもってプリンセス プリンセスを解散。
1996年結婚。翌年、奥居香ソロとしてシングル「ハッピーマン」を発売し、ソロ活動をスタート。
2001年子供を授かったことをきっかけに岸谷香に改名。その後13年間は育児を中心とする生活が続いた。2012年、東日本大震災復興支援の為、16年振りにプリンセス プリンセスを一年限定で再結成。
2014年より、ソロ活動を本格的にスタートさせ、数々のライブ活動を実施。ガールズバンドプロジェクトを立ち上げ、ミニアルバム「Unlock the girls」をリリースしたり、豊洲PITにて、東日本大震災復興支援ライブを行ったりもした。
2021年2月にはミニアルバム「Unlock the girls3-STAY BLUE」を発売。
2021年7月からは「KAORI PARADISE 2021」ひとり弾き語りツアーがスタートした。

◇お知らせ
レギュラー
・ラジオNHK-FM「岸谷香Unlock the heart」
毎週金曜23:00〜スタート
・ニッポン放送「オールナイトニッポンMUSIC10」
毎月第四水曜日22:00~スタート
東京新聞webにて、エッセー「東京 MY STORY」を連載中。
50数年間、一度も東京から離れたことのない生粋の東京っ子という
岸谷香さんが、自らの体験や大切な思い出を振り返りながら書き綴る連載エッセーです。
毎月第2・第4水曜日に更新。
連載エッセーはこちら。

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