「エレキの神様」寺内タケシさん、40年越しの極秘和解 全国初「禁止令」の足利市と

2021年7月2日 17時00分
 「エレキの神様」の愛称で親しまれ、6月18日に亡くなったギタリストの寺内タケシ(本名・武)さんは「エレキ=不良」という偏見と長年、闘った。1965年、全国の教育関係者に影響を与えた「エレキギター禁止令」を最初に発した栃木県足利市教育委員会。寺内さんは同市を“天敵”とみなし「エレキが悪いわけではない」などと繰り返し批判したが、実は12年前、両者は極秘に和解していた。口を閉ざしてきた当時の教育次長、川島茂さん(70)が「今だから語れる」と本紙に明かした。(梅村武史)

2009年2月、面会後、笑顔でスナップ写真に応じた寺内タケシさん(左)と当時の吉谷宗夫・足利市長=栃木県足利市で(川島茂さん提供)

 寺内さんは2009年2月、市長だった吉谷宗夫さん(故人)、川島さんと面会した。市内の山中にあるそば店を貸し切りにして、非公開の場で向かい合った。
 「なぜ禁止令を出したのか」と詰め寄る寺内さん。吉谷さんは「見解の相違」と突っぱね、数秒間、にらみ合った。険悪な空気を破ったのは寺内さん。「気に入った」と破顔し、場の雰囲気は一気に和んだという。
 その後、ピアノが趣味で音楽に造詣が深い吉谷さんと意気投合。川島さんは「わだかまりが解けたようです」と振り返る。帰り際、寺内さんは「もう足利の批判はしねえよ」と語り、電車に乗り込んだという。

面会時の思い出を振り返る川島茂さん=足利市で(梅村武史撮影)

 寺内さんの長男、あきらさん(58)は「足利とけじめをつけに行く、と父から聞いた覚えがある。近年は足利批判を口にしなくなったので思いが通じたのだろう」と話す。
 足利市教委がエレキ禁止令を出したのは1965年。60年代はベンチャーズ、ビートルズなど欧米ミュージシャンが次々と来日し、エレキ全盛の時代だった。
 足利市では65年8月、市内の寺院で開かれた野外フェスで未成年の飲酒や喫煙など不適切な問題が発覚した。同年10月、小中学校の校長会は、エレキギターの購入やバンドの結成、演奏会の企画や参加、テレビのエレキ番組視聴などを禁じることを申し合わせ、市内の高校にも同様の自粛を要請した。足利市の禁止令は大きく報道され、全国に波及した。
 寺内さんはエレキ批判の風潮を打破する目的で74年に全国の高校を巡る「ハイスクールコンサート」を始め、ライフワークになった。活動は2017年まで続き、通算1500回超。同市との和解後、会場で足利市を批判することはなくなったという。寺内さんはこの活動を通じて青少年の情操教育に貢献したことが高く評価され、08年、緑綬褒章を受章している。

コンサートで竜のギターを弾く寺内タケシさん=2009年10月3日、富山県南砺市で

てらうち・たけし 1939年1月17日、茨城県土浦市生まれ。関東学院大在学中からバンド活動を始め、62年にブルージーンズを結成。卓越したギター技術と速弾きで愛称は「マシンガン・テリー」。ベートーベン交響曲第5番をエレキギターで演奏した「レッツ・ゴー『運命』」で日本レコード大賞編曲賞を、「寺内タケシ日本民謡大百科」で同企画賞を受賞したほか、ハイスクールコンサートなど幅広い音楽活動で、海外のファンも多かった。

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