満天の花 佐川光晴著

2021年7月4日 07時00分

◆幕末を駆ける青い目の少女
[評]内藤麻里子(文芸ジャーナリスト)

 誤解を恐れず言うならば、『満天の花』は幕末を舞台にした壮大な少女小説だ。
 少々乱暴なとらえ方をしたのには訳がある。そもそも、幕末を描いて小説に仕立てるのは難しい。なんとなれば、風雲急を告げる時勢に幕府、朝廷、各藩の思惑が絡み合い、あまたの人々がうごめく。次から次へと事態は変転する。その資料が充実しているがゆえに、事実をつづるだけでいっぱいいっぱいになってしまい、登場人物を自由に動かす余地が少ないからだ。だから作家たちは、独自の味を出すためにさまざまな工夫をしてきた。
 佐川光晴は、なんと主人公に十二歳の少女を持ってきた。オランダ商館員と丸山遊郭の遊女との間に生まれた青い目をした少女、花だ。こんな意表を突く幕末との取り合わせもあるまい。そうしておいて、著者は堂々と幕末の歴史と渡り合っていくのである。
 父の名を知らず、母も生後間もなく亡くした花は、長崎の米問屋で育てられていた。やがて蘭英露語を操る有能な通詞に成長し、勝麟太郎の知遇を得、活躍の場を広げていく。
 この設定によってオランダ、イギリス、ロシアとの外交面から幕末が巧みに描かれる。花の視点で語られるために、事態の複雑さをわかりやすく説明でき、身近に接する勝の人間性を引き出してもいる。一方で、それぞれ理由は用意しているものの花が重要な場面に立ち会い過ぎるきらいもあるが、これが少女小説を読む醍醐味(だいごみ)と言えよう。
 何よりも驚いたのは、佐川が歴史・時代小説を書いたということだ。新潮新人賞を受賞した『生活の設計』で二〇〇一年にデビュー。〇二年に『縮んだ愛』で野間文芸新人賞を受賞するなど、純文学でそのキャリアを始めた。その後『ぼくたちは大人になる』、『おれのおばさん』(一一年坪田譲治文学賞)など青春小説を手がけた。その土台の上に、一人の少女の成長と幕末史を融合させた。初の本格的な歴史・時代小説で、最新の知見を取り込みつつこの時代と誠実に向き合っている。その姿勢を評価したい。
(左右社・2530円)
1965年生まれ。作家。著書『牛を屠る』『駒音高く』など。

◆もう1冊 

佐川光晴著『日の出』(集英社)

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