生老病死 山折哲雄著

2021年7月4日 07時00分

◆「いのち」のリズムを聞く
[評]若松英輔(批評家・随筆家)

 著者は長く宗教学者として活動したが、近年はモンテーニュがいった意味でのエッセイストとしても世に文章を送り出している。「エッセイ」を随筆と訳すこともできるが、ここに収められているのは随想と呼ぶべきものかもしれない。随筆の底には書き手の心象風景があるが、随想はそれに加えてペンを持つ者の哲学が宿っている。本書でも取り上げられている松尾芭蕉の著作がその好例かもしれない。
 本書には新聞に二年間にわたって連載された、本の見開きに収まる作品が百篇ほど収録されている。読者は目次と直観を頼りにしながら読みたいと感じたところから読んでもよい。
 「生老病死」は誰にとっても不可避が宿命である。したがって、語られる主題もじつに多岐にわたる。古くはブッダやキリシタン、夏目漱石、大坂なおみやAIにも言及される。しかし、つねに著者が見つめ続けているのは「いのち」である。ここでいう「いのち」とは死によって消滅する身体的生命のことではない。それは万物を在らしめている名状しがたい存在のはたらきにほかならない。
 著者は「吐血し、緊急入院して絶食療法に専念していたころ、私はすでに歌法師・西行さんのとりこになっていた」という書き出しで始まる作品で、今の自分は「いのちのリズムをととのえていく」ことを重んじるようになったと書いている。
 現代人は人生を生きる主格は「私」だと信じて疑わない。いつもいかに生きるのかを懸命になって考え、その道を探している。「いのちのリズム」を聞き忘れている。
 この本で著者は、生きるとは、主格である「私」の座を「いのち」に明け渡していくことではないかと語ろうとしている。「私」が生きるのではなく、「私」が「いのち」に運ばれていく。それが生の真実だというのである。
 死とは「私」にとっては未知なる経験なのかもしれないが、「いのち」にとってはそうではないかもしれない。むしろ、それは懐かしい場所へ帰っていくことかもしれないのである。
(KADOKAWA・1540円)
1931年生まれ。宗教研究者。著書『空海の企て』『愛欲の精神史』など多数。

◆もう1冊 

鴨長明著『新訂 方丈記』(市古貞次校注・岩波文庫) 

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