真剣に楽しめる人に 『探究する精神 職業としての基礎科学』 理論物理学者・大栗博司さん(59)

2021年7月4日 07時00分

 (本人提供)

 宇宙の謎を解き明かす鍵になるダークエネルギーの正体を追う、最前線の物理学者。その一方で、複数の国際的な研究機関のトップを兼務し、さまざまな学者が国籍や分野を超えて刺激し合う場を創り出している。そんな日本が誇る頭脳の持ち主が、初めて自伝を書き上げた。
 検査で前立腺がんが見つかり、手術をしたのが執筆のきっかけという。岐阜県で生まれ育ち、小学生の頃、名古屋・栄の中日ビルにあった展望レストランで見えた風景から、数式で地球の大きさを導き出した。高校まで地元の公立校に通った少年が、近所の本屋で出合った良書で知を深め、世界に飛躍した歩みをつづった。
 幼い頃に全十二巻を繰り返し読んだ『なぜなぜ理科学習漫画』、高校時代に読んでふに落ちなかったカントの『純粋理性批判』、実用的な文章力を磨いた本多勝一の『日本語の作文技術』…。古今東西のさまざまな本を挙げ、あとがきは全国の出版関係者や書店への感謝で締めた。「自分が世界の広い知識にアクセスできたのは本のおかげ。事実に基づいた正しい知識を身に付けるのが重要で、フェイクが混じるインターネットよりも、プロの手を経た厳選情報が記された本の方が信頼できる」という。
 語られる実体験から、多様性に乏しく自由度の低い日本の高等教育や学術の問題点も浮き彫りになる。機構長を務める東京大のカブリ数物連携宇宙研究機構では、ジェンダーギャップ改善や年俸制導入など新しい仕組みづくりに汗を流した。それは、よりよい社会の在り方を探る実験のようだ。
 米国のカリフォルニア工科大で教壇に立ち、現地で家族と暮らす。世界を股に掛ける活躍だが、「家族からは、そんなに忙しそうに見えないって言われます」と笑う。屈託のなさは、好きなことと仕事が結び付いている証しだろう。
 国力が衰える中、いかにトップレベルの研究者を育てるかが、日本の大きな課題だ。大栗さんは、次代を担う子どもらに「真剣に楽しむこと」の意義を説いている。
 「生きものにとっての幸福は、自分の機能を最大限に発揮すること。自分の機能を発揮できれば楽しいし、楽しいことなら自分の機能を発揮できる。それをより深いところで実現するのが大事だと思うんです」。幻冬舎新書・一〇五六円。 (岡村淳司)

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