夢ある恐怖、楽しんで 世界に広がる「伊藤ホラー」 伊藤潤二さん(漫画家)

2021年7月3日 13時51分

撮影・東川哲也(朝日新聞出版)

 三十年以上にわたって活躍するホラー漫画家伊藤潤二さん(57)=岐阜県中津川市出身。妖しい美女や怪物を精緻に描く作品は、国内だけでなく海外にもファンが多い。怪奇小説の古典を原作にした「フランケンシュタイン」が、米国の権威ある漫画賞を受賞。代表作『うずまき』などの映像化企画も進み、独創的な作品が世界に広がっている。
 見開いた両目、鋭利なくちばし…。昨年五月、伊藤さんは、ツイッターに(コロナが)「早く収束しますように」と言葉を添えて「アマビエ」のイラストを投稿した。疫病退散の御利益があるとされる妖怪だが、恐ろしくリアルだ。「(インターネットには)かわいいアマビエの絵が多かったので、実際にいたら気持ち悪く、怖い妖怪だろうと想像した」。柔和な笑みで、いたずらっぽく振り返る。
 その笑顔が、コロナ禍の影響を尋ねると少し曇った。米国での映像化に遅れが生じるなどしているという。「パンデミック(世界的大流行)にどう対処してよいか…。収束に二、三年かかると聞き、暗澹(あんたん)たる気持ちになった」
 千葉県在住だが、コロナ以前は実家の母親の様子を見るため、定期的に中津川で仕事をしていた。母親がグループホームに入居してすぐ感染が全国に広がり、面会できなくなった。地元の友人にも会えていないと残念そうに語る。

伊藤潤二さんが描いた「アマビエ」©ジェイアイ

 子ども時代は「ホラー一色」。二人の姉の影響で、幼少期から楳図かずおさんや古賀新一さんの怪奇漫画を愛読した。グロテスクな絵に、恐怖より面白さを感じ、自分でも漫画を趣味で描くように。専門学校を卒業後、歯科技工士として働きながら、楳図さんが審査員を務める新人賞に短編「富江」を投稿。佳作に入選し、一九八七年にデビューを果たした。
 死んだはずの女生徒・富江がよみがえる物語。トカゲのしっぽが再生する現象と、中学時代に同級生が事故で亡くなった経験から着想した。「同世代の死が信じられず、不思議と帰ってくるような感覚があった」
 二〇〇〇年まで断続的に続編が発表された。増殖して殺し合う、他者を自分に作り替えるなど、富江はウイルスめいたふるまいさえ見せながら、何度も復活して人々を恐怖に陥れる。「二番煎じが嫌で、その都度、今までにない展開や新しいことを描きたいと考えている」という言葉通り、多彩な物語で楽しませ続けた。
 「未知に不安を覚えるのが人間。例えば死が怖いのは、死後にどうなるか分からないから。人は不安から逃れ、心を安定させるために行動している気がする」と分析する。怖いもの見たさという言葉もある。人は安心するために、あえて虚構の恐怖を求めるのかもしれない。

「伊藤潤二傑作集1 富江<上>」

 デビューしてからは、ホラー漫画雑誌や青年誌で活躍。地方都市を襲う呪いを壮大なスケールで描く『うずまき』、ホラーの技法で愛猫との暮らしをつづった『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』など、ユニークな作品群を送り出してきた。「一貫しているのは、シュールで不可思議な話を描きたい気持ち」
 作品は一九九〇年代から海外でも刊行され、現在二十を超える国・地域で読まれている。二〇一五年末には初の海外展覧会が台湾で開かれ、その後、上海や北京などに巡回、約二十四万人を動員した。
 一九年に「フランケンシュタイン」が、米国のアイズナー賞で最優秀コミカライズ作品賞に選ばれた。今年も同賞の別部門にノミネートされている。「熱心な読者に支えられている」
 三月にはコロナ禍の中で執筆した短編をまとめた『幻怪地帯』を刊行した。「日常には嫌なことも多いが、夢のある恐怖や不可思議を楽しんでほしい」と願う。 (谷口大河)

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