円と線の美 家紋 「紋章上絵師」親子 デザインに応用 未来へ

2021年7月8日 07時06分

墨で家紋を描き入れる波戸場承龍さん=いずれも台東区の京源で

 知る人ぞ知る「紋章上絵師(もんしょううわえし)」という伝統の職業がある。竹のコンパスと定規を巧みに操り、円と線で家紋を着物に描き入れる。受け継がれる技法は国の無形文化財にも指定されているが、近年では仕事は減っている。継承さえ危ぶまれる中、現代のデザインとして家紋の文化を残そうとする紋章上絵師がいる。

◆コンパスと定規だけ

「鶴の丸」が描かれた紋曼荼羅(もんまんだら)の作品

 「ぶん廻(まわ)し」と呼ばれる竹製のコンパスには、細い筆が付いている。手に取った波戸場承龍(しょうりゅう)さん(64)は、台東区東上野のデザイン会社「京源」の工房で、着物の生地に墨で曲線を描き始めた。筆先が生地に触れるのはごくわずかで、線の細さは一ミリにも満たない。
 「家紋の多くは、ほとんどの線が円の一部分の曲線になっている。直線を含む家紋もある。だから、基本的にはコンパスと定規だけで描く」

描かれた「一つ松」の家紋

 承龍さんによると、一つの家紋で書く円の数は、少なければ数個、多ければ二千以上にもなる。生地に家紋を描いた後、熱を与えて絵柄を定着させる。
 家紋は、約千年前の平安時代から伝わる。現在では五万種類以上があるとされる。貴族が紋章を使う西洋と違い、日本では誰でも持つことができる。「紋付きはかま」の言葉通り、かつては着物に家紋を入れることが多かった。
 しかし、現代は着物を着る機会が少なくなった。プリント方式で生地に家紋を入れる技術も普及した。このため、手描きで家紋を描き入れる昔ながらの紋章上絵師の仕事は減った。
 同業者の多くは他の仕事と兼ねるようになった。父の跡を継いで紋章上絵師になった承龍さんも以前、長男の耀次(ようじ)さん(37)に「自分の代で終わらせる」と話していた。

◆海外からの依頼も

家紋のおもしろさや作品について話す波戸場承龍さん(左)と耀次さん

 承龍さんは「仕事をしても、呉服店に着物を納めて終わり。使う人の反応が分からない」と物足りなさも感じていた。五十歳を機に「自分にしかできない作品として残そう」と決意。二〇一〇年、耀次さんと工房を構えた。
 耀次さんに教えてもらいながら、曲線を描くパソコンソフトを使い始めた。紋章上絵師ならではの感覚や技術を生かしながら、家紋の魅力を新たな形で表現することを目指している。
 これまで、日本橋の商業施設「コレド室町」の巨大のれんや、企業のロゴマーク、ホテルのカードキーなどのデザインを手がけた。イタリアの有名ブランドのバッグや、ドイツの宝石メーカーの指輪にも、家紋を基にしたデザインをあしらった。

紋がデザインされた手ぬぐいやうちわ、家紋に関する本など

 家紋に登録制度などはなく、新たにつくっても構わないし、デザインも自由。インターネットで承龍さんの動画を見た海外の人から「ファミリーの『カモン』をつくってほしい」との依頼もある。
 「もっと家紋を知りましょう、大事にしましょうと言っても、なかなか人に関心を持ってもらえない。新たな表現の方法を提案すれば、多くの人を巻き込めるのでは」と考えている。
 承龍さんが「残したいのは、紋章上絵師の仕事よりも家紋の文化。この仕事はもう残らないだろう」と語ると、耀次さんが言葉を続けた。「パソコンに道具が変わっただけで、円と線の組み合わせだけで描く方法は変わらない」
 文・宮本隆康/写真・池田まみ
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