ドイルは読んでいたか? アンリ・コーヴァン著『マクシミリアン・エレールの冒険』を翻訳 英国在住のシャーロック・ホームズ研究家・清水健さん(54)

2021年7月11日 07時00分
 これは名探偵シャーロック・ホームズの知られざるモデルなのではないか? 原書を初めて読んだときの驚きは忘れられません。主人公のマクシミリアン・エレールは、卓越した観察眼と推理力で密室殺人を解決し、その活躍を相棒の医師がつづる……まさにシャーロック・ホームズを彷彿(ほうふつ)とさせるからです。
 シャーロック・ホームズの冒険譚(たん)は、英国の作家アーサー・コナン・ドイルの創作した探偵小説で、英米をはじめ世界中で読まれています。愛読するあまり名探偵が活躍する世界に没頭してしまう人たちはシャーロキアンと呼ばれ、世界各国にシャーロキアンの同好会があるほどです。もちろん、日本にも日本シャーロック・ホームズ・クラブがあり、七百人ほどの会員が研究発表や情報交換をしています。
 英米の推理小説とは一線を画するミステリーの伝統をもつフランス。その殿堂としてパリに推理文学図書館が一九九五年に開館したとき、フランスのシャーロキアンから紹介されたのが本書でした。シャーロック・ホームズとそっくりの探偵が活躍する小説がフランスにある、と。しかもシャーロック・ホームズの第一作『緋色(ひいろ)の研究』が発表される十六年前、一八七一年に刊行されているというのです。
 これは推理小説史上、極めて重要な作品であると考え、研究のために翻訳に取りかかりました。本書の著者アンリ・コーヴァンはパリ大学法学部卒の財務官僚で、父親が著名な法律家であったことから、検視や裁判についての記述が細かく、当時の司法制度を調べながらの翻訳となりました。また仏和辞典で「古語」とされる言い回しも多いことから、シャーロック・ホームズ冒険譚を初めて全訳された延原謙氏の古風な文調を意識して言葉を選び、ホームズとエレールの世界が重なるように努めました。
 本書を読み終え、そして訳し終えたときに考えたのは、コナン・ドイルは『マクシミリアン・エレールの冒険』を読んでいたのか?ということです。これについては作家の北原尚彦氏による「解説」と私の「訳者あとがき」で、その可能性を検証する手がかりを提示しています。フランスでは「エレールはホームズのモデル」と断定されていますが、シャーロック・ホームズが誇りの英国人はこの説を極力無視しているようです。  
 推理小説史を揺るがすかもしれないこの謎を、本書を読まれる読者の皆さんも推理してみてください。 =寄稿
 論創社・二四二〇円。

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